昔の医師国家試験を調べてみた 【中編】
1. はじめに
前編では、医師国家試験の歴史と第1回医師国家試験の内容に関して触れました。中編では、第1回以降の昔の問題を適当に拾い読みして面白いと思った問題や当時の医学知識ならではの問題に関して主にまとめていきます。
面白い問題というと、最近では104F17が挙げられます。これがありなら映画『エクソシスト』のシーンから抗NMDA受容体脳炎を選ばせる問題とかも出題して欲しいと思ってしまいます。
当時の医学知識ならではの問題に関しては、特に精神科領域で際立った違いが見られるのではないかと思って調べました。特に1949年(昭和24年)にノーベル賞を受賞したロボトミー手術や1955年(昭和30年)頃まで行われていたインスリンショック療法、未だに影響のあるフロイトの精神分析などを重点的に探しました。そういったバイアスがかかっていることを承知の上でご覧ください。
2. 前編の補足
前編では第1回の国家試験に触れました。後に詳しく調べると、第1回は東大や慶應などにおいて、戦時中の医師の不足を補うために歯科医師より医師に転向するための補習教育を受けた人たちが対象になっていたそうです。
第2回医師国家試験は、1673名が志願し1646名が受験、合格者は1370名(合格率 83.23%)であったといいます。第2回は、卒業後半年間のインターンを修めた人と第1回不合格者が受験しました。
なお、この第2回では大学ごとの合格率が算出されていて、東大は106名中104名合格(合格率 98.1 %)で全体の2位の合格率を誇っていました。
3. 医師国家試験過去問題
まずは第2回医師国家試験からです。
第2問
(2) 腰椎穿刺は普通第三及び第四腰椎間で行はれるが、その解剖學的根據を述べよ。
お馴染みの解剖学・神経内科の問題です。こんなに昔から典型問題として残り続けているとなると何だか感慨深いものがあります。
第9問
下記に就て述べよ。
(1) 次の物件につき消毒の實際について記せ。
イ. 手 ロ. 室内 ハ. 書籍 二. 寝具 ホ. 便所 ヘ. 喀痰
感染症の問題です。非常に実践的な問題と言えるでしょう。便所の消毒の解説には、肥料として使えるようにするにはどうすればよいかまで書かれていました。
第9問
下記に就て述べよ。
(3) 大豆の榮養學的價値
栄養学からの出題です。義務教育の頃に家庭科で勉強したことがあるような気がします。
第13問
腫瘍に於ける「良性惡性」の意味とこれらの判定に役立つ形態學的事項を記せ。
これは明記しろと言われたら意外と難しいのではないでしょうか。解説には患者に与える影響の大小によると大雑把に書いてあります。
第23問
我國に於ける發生頻度の順に從ひ重要なる狭義の精神病少なくとも三種を擧げその各々について次の各項を略記せよ。
5) 主要なる特殊療法
当時の表記のまま以下に解答を記します。
1) 精神分裂病:特殊療法には、インシュリンショック、電気ショック、カルチアゾールショック等がある。
2) 進行麻痺:特殊療法には、マラリヤ、硫黄、ワクチン等による発熱療法。
3) 躁鬱病:持続睡眠療法、電気ショック療法。
特筆すべき点として、精神疾患の名称(統合失調症は精神分裂病と呼ばれていた)、インスリンショック療法の存在、進行麻痺が精神病に含まれていたこと、進行麻痺の治療にマラリヤ等による発熱療法があったことなどが挙げられます。
当時の医学知識を反映した解答でした。
第27問
次の問題を簡單に說明せよ。
(8) 腸管嚢腫様氣腫
腸管嚢胞様気腫症(PCI)というのは、腸管壁内に気腫性嚢胞が多数形成される稀な疾患です。この問題自体に特になにかがあるわけではないのですが、解説書に「剖検の結果ごく稀に発見されるような疾患の出題者に対して、我々はその良識を疑い度くなる」と書かれていました。そこまで言わなくてもいいのに...
次に第4回医師国家試験からです。
第11問
窓の衛生学的意義
難問です。解答には換気・照明・気候調節の役割について書かれていました。
次は第7回医師国家試験の問題です。
健康成人の1日尿量は男[ア]ml、女[イ]mlである。
前編でも述べたように、記述の問題の割合は減っていきます。第7回辺りから、穴埋め問題などが見られるようになります。
急に下肢麻痺せりと云う患者あり、如何なる疾患を考うべきか、又それ等疾患の簡単なる鑑別疾患を問う。
もちろん記述問題も継続して出題されています。この問題は「急に下肢麻痺せり」というフレーズで選びました。
ここからは飛び飛びにいくつかの年度の国試の問題を拾っていきます。
第17回医師国家試験
下記の表を写し、A欄にかかげた各種の治療法はB欄にかかげたどれに主に適用されるか、両者の間の線をもつて結べ。
A欄
1) ペニシリン療法 2) インシュリン衝撃療法 ... 8) 精神外科(ロボトミー、ロベクトミー等)
B欄
1) 精神分裂病、2) てんかん ... 7) 神経質(心気症)
ついに精神外科が出てきました。精神外科と結ばれるのは、精神外科ー精神分裂病 の組み合わせです。ただ、1950年に出版されている『醫師國家試驗ハンドブック 15 (精神科学)』によると、「種々の程度に人格変化をのこすので、その適応症に就ては現在尚確実でない。種々の治療が功を奏しなかった場合に最後的手段として実施される程度である。」とありました。自分が想像していたよりも当時からその危険性は指摘されていたのかと思います。
第31回医師国家試験
次の所見は成人の検査所見であるが、それらが正常であるかを判定し、正常所見には○印、異常所見には✗印を付けよ。(問題番号を最初に書き、次に印をつけること)。
1. 末梢血液中の血小板数 20万/mm3
2. 血清塩化コバルト反応 R8
3. 空腹時血糖 26mg/dl
…
20. 尿糖定量値 2.0 g/dl
臨床検査医学の問題です。検査値の正常範囲を知っているかと直球で問われています。コバルト反応は血清膠質不安定度検査法らしいです。
第43回医師国家試験
次の文章の[ ]内に入る適当な語句を[A]の中から選び番号とともに記せ。
キスメルスチール・ウィルソン (Kimmelstiel-Wilson)症候群とは[1,][2],[3],[4]を主徴候とする症候群で、電子顕微鏡所見では、腎の糸球体の[5]の[6]の肥厚があり、しかもこれが従来考えられていたように[7]の経過年数の[8]のもののみではなく、[9]に属すると思われるものにも肥厚が起こつていることを示唆する成績が報告されており、[10]にもとづく二次的なものとも断定できないといわれている。
解答は、1から順に、糖尿、蛋白尿、浮腫、高血圧、毛細血管、基底膜、糖尿病、長期、腎疾患、糖代謝異常です。
現在は、糖尿病性腎症でみられる糸球体の結節性病変のことをKimmelstiel-Wilson病変と呼んでいます。
第48回医師国家試験
次の場合の心電図(標準四肢誘導法による)について図示し簡単な証明を附記せよ。
1. 正常心電図と棘波の名称(第I II III 誘導)
2. 心室性期外収縮 (第II誘導のみ)
…
5. 新鮮な後壁心筋梗塞(第I II III 誘導)
心電図を書かせる問題です。このタイプの問題は第16回にも出題されています。記述試験ならではの良問だと思います。
第52回医師国家試験
次の文章の[ ]内にはいる適当なものを下記の語句から選び、解答例にしたがってその符号を番号とともに記せ。*分かりやすさのために、[ ]内に解答を入れて問題文を記します。
[精神分裂病]は、以前は[早発痴呆症]とも呼ばれ、多くは[思春期]に初発して慢性に経過する[内因性精神病]で、その発病率は[0.7]%である。発病すると周囲が異様に感じられ、不安に満ちた緊迫感におそわれる。これを[妄想気分]と呼ぶ。自我意識にも変化が起こり、[させられ体験(作為体験)]のような異常体験を生ずる。治療法としては、従来は主としてショック療法が行なわれたが、近年[クロルプロマジン]その他の薬物による向精神薬療法とこれに平行した[作業療法]、レクリエーション療法などが盛んに行なわれ、これらの治療後の[アフター・ケア(後治療)]の努力とあいまって、以前よりもはるかに多くの患者が社会復帰できるようになってきている。
早発痴呆症※は当然として精神分裂病とも言わなくなり、内因性といった分類も撤廃されつつある現在ですが、妄想気分や作為体験といった精神症候学の用語は出題され続けています。また、統合失調症の治療の転換期でもあることが問題文から伺えます。
※統合失調症は当初は若年層で「痴呆(demenitia)」が見られる病気と考えられていたため、早発痴呆症(Dementia Praecox)と呼ばれていました。その後、疾患の理解とともに名称はSchizophreniaに変更され、これは日本語で精神分裂病と直訳されました。しかし、偏見を招くといった理由から現在は統合失調症と呼ばれています。このDementia Praecoxという名前は今もプレコックス感といった名残があります。
第63回医師国家試験
環境汚染物質のうち残留しやすいのはどれか。
(1) PCB (2) 鉛化合物 (3) 有機燐 (4) γ-BHC (5) DDT
答えは、1.2.5です。60回を超えてくると形式は現在の国家試験に大分近づきます。第63回医師国家試験が行われた1977年はまだDTTは完全に禁止されているわけではありませんが、環境汚染物質として認識されているということになります。
68B24
精神分析学の端緒となった疾患はどれか。
a 産褥精神病 b 離人神経症 c 強迫神経症 d ヒステリー e 精神分裂病
この時期は精神分析が堂々と出題されています。正解はdのヒステリーです。解説は以下の通り、「FreudはパリのCharcot, J.M.のもとで催眠術(ヒステリーを対象とした)を学び、その後ウィーンに帰ってBreuer,J. と共にヒステリーの治療を行っているうちに無意識 (das Unbewusste) を想定するに至り1859年ヒステリー論を発表し、以後神経症に関する臨床経験に基づいて次々と精神分析学説を組み立てていったのである。」
4. 中編のまとめ
中編では第1回医師国家試験以降の問題の中で興味を引いた問題に関してまとめました。これを後編として〆る予定だったのですが、思ったより長くなってしまったのとまだ少しだけ調べておきたいところがあるので、一旦ここで区切らせていただきます。後編では、今回取りこぼした面白い問題や最初のCT読影問題などに関してまとめています。引き続きお楽しみ下さい。
5. 中編の参考資料
EM新書刊行会. 既出医師国家試験問題集. 金芳堂, 1971.
医師国家試験研究会. 医師国家試験問題解答集 : 第1.2.3.4回. 新興出版社, 1948, 153p.
醫師國家試驗研究會. 醫師國家試驗受驗必携. 飯塚書店, 1949, 116p.
醫師國家試驗ハンドブック刊行会. 醫師國家試驗ハンドブック 15 (精神科学). 高文社, 1950, 90p.
日本総合医学研究会. 医師国家試験問題と解説 第68回. 日本総合医学研究会, 1979, 101p.
原義雄, 千原明. 医師国家試験問題集 内科篇 改訂版. 診断と治療社, 1972, 401p.
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