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【創作】ドラム式壺中の天

ショートショートです。

いっこ・てん【一壺天】
[後漢書(方術伝下、費長房)](費長房が薬売りの老翁とともに壺中に入って、別世界の楽しみをした故事から)一つの小天地。別世界。また、酒を飲んで俗世を忘れる楽しみ。壺中の天

広辞苑の電子辞書より(太字は私がしました)
※費長房(ひちょうぼう)中国の後漢時代の人物。役人をしていた。


ドラム式洗濯機を開けると、隙間から小さくなった母が出てきた。
手のひらに収まるくらいのサイズ。
ほこりまみれでばつが悪そうにしていた。


ワカメみたいにまとわりついたほこりをはらいながら、

ー あんたがラーメン食べないから

ー え?

ー あんた塾の前にラーメン食べたいって言うから作ってあげたのに。
やっぱりお父さんのチャーハンがいいって。

ー ああ…そんなこと言ったかも。て、いつの話?
だからってこんなとこにいないでよ。

ー あんたさ、お父さんのパンツと一緒に洗濯するの嫌がったわりに、お父さんのご飯好きよね。

ー うん、だってお母さんが作るよりおいしいじゃん。

ー あんたの好きなメンマも海苔も入れてあげたのに。はあ。
これだから思春期の娘は。

私のやることが気に入らないと、母は拗ねてトイレや押し入れにこもったりすることがよくあった。

ー そういえば幼稚園のとき一緒だった花ちゃん、英語のスピーチコンテストで優勝したんだって。あんたも行ってたのにねえ。

始まったよオバサン話。こういうとこだよ。イラつかせる天才。
英会話スクールは、母の言う通りにするのが負けみたいな感じがして小2でやめた。

ー ジャージ洗いたいから早く出て。

ー あ、そーだ。洗濯機の奥にこれ転がってた。

小さな母は、ツヤツヤした茶色い物をバランスボールみたいに抱えていた。
まんまるいドングリだった。
手のひらにころがせてじっと見る。

小さいころ母と一緒によくドングリ拾いしたなあ。
ドングリに細長いのとまんまるのがあって不思議だった。
幼稚園のとき、いつも図鑑ばかり見ている男の子が、木の種類が違うんだと教えてくれたっけ。

ー あんた、しょっちゅうズボンのポケットに入れっぱなしにしてたわよね。
洗濯機回すとガランゴロンうるさくて。

なつかしそうに母がほほえむ。

ー なんでドングリが洗濯機から?

ー さあねえ…。広いから。

ー え?

ー うちの洗濯機宇宙並みに広いから。ほら、いろんな時空間に通じてるから。

母はいたずらっ子みたいな目をする。

ー うん、ほんと、宇宙なみ。
ねえお母さん、私もお父さんも元気にやってる。心配しないで。
もう出てこなくて大丈夫だから。

母はびっくりした顔をして、そのあとしょんぼりしてまたドラムの中に入って行く。

ー ちょ、ちょっと待って!洗濯するから出て!


もういなかった。


あとがき

前回の記事の、絵の中に入ってしまうムーミンママに感化されて思いつきました。
壺中の天。持ち運び可能なマイルームマイワールド。憧れます。

リンクの練習も兼ねて。前回記事です。(押しつけ〜〜)


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