見出し画像

新鮮な景色

窓の外の世界は
全てが「向こう」だ。

右も左もない。
東西南北もない。
いや、かろうじてこの部屋は
南西向きだと知っているから、
方角はゼロではないのかもしれない。

しかし感覚として、
私のいる窓の内側は「こっち」。
窓を通り抜け、ベランダを越え、
視界を遮る背の高い木々のさらに奥は、
「向こう」もしくは「あっち」。

こっちの空は明るいのに、
向こうの空は真っ暗だった。
スマホに入っている天気アプリからは
もうすぐ雨が降ると通知が飛んできている。
あっちの方は今正に
降っている最中なのだなと空の色でわかる。

地図アプリを開き、
マイナスボタンをタップして
広域の地図を表示させる。
あっちのさらにあっちは海だった。
ここからはビルしか見えないけど、
ずうっと向こうには
海が広がっているらしい事実に今更ながら驚く。

私はひどい方向音痴で、
日頃からよく道を間違える。
いつも逆に行くからと、
あえて思った方向の逆に
進んでみてもやはり逆。

地図を見ても自分のいる場所がわからず、
例えわかっても今度は自分の向きがわからなくて
どっちへ進んでいいものか悩んでしまう。

スマホの地図アプリに助けられているが、
歩き始めのうろうろは未だ健在だ。

だからだろうか。
家からの景色のずっと遠くには
何があるのか、どの地域になるのか
全くわかっていない。

そんなこと考えたこともなく
やはり「あっち」であり、
「向こう」でしかないのだ。

この世に生を受けて
それなりの年数が経ち、
そのうちのかなりの割合を
この家で暮らしているのにだ。

私にとって外の景色はいつも新鮮で、
いつもわくわくする対象だ。
無知というのは愚かであるものの、
人生を楽しむこともできてしまうから
これはこれでいいのかもしれない。
興味の対象は人それぞれなのだから。

向こうからやってくる黒雲が
雨をざっと降らせ、
気付けば青空が広がり、
再び暗くなったと思ったら
また大雨が降っている。

そんな今日の午後、
この見慣れた景色はいつもに増して新鮮で、
雨の中の暗い向こうを、幾度となく見入っていた。

よろしければサポートお願い致します。 製作の励みになります。