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雨とそれ

雨が降る中、駅までの道を歩く。
音が静かな雨の日は、街の音も幾分静かに感じる。
そんな中、駅前の横断歩道が青になったことを、「ぴよぴよ」鳴る音が響き、知らせてくれる。
私は小走りに横断歩道へと向かい、小さな水たまりを避けながら小走りのまま渡っていく。
渡りきったすぐ側にはバス停があり、私はそこを通りかかる。

雨が降っていると、いつも以上に足下を気にしながら歩いてしまう。
水たまりにうっかり入らないように、ばしゃりと水はねさせないようにと歩く。
歩道と車道とを隔てるガードレールは乗車位置のところで途切れていて、そこでふと目に入ってきたものがあった。
――USBメモリだ
きっとバスに乗るときに、ポケットかカバンから、スマホやパスケースを取り出そうとして一緒に落ちてしまったのだろう。
親指の先ほどのサイズの黒いそれは、雨に濡れて、でもまだ誰にも踏まれずに落ちていた。

どこかの会社の機密情報なんて入っていないといいなと願い、私は見なかったことにする。
拾って中身を見るほど暇人ではないし、警察に届けるほどお人好しでもなかった。
コンピュータウィルスが仕組まれているかもしれないし、関わりたくない内容のデータが入っているものかもしれない。
こうした類いのものは危険を孕んでいる気がしてならず、手を伸ばすことはしない。

きっとこの後誰かに踏まれて壊れてしまうだろう。
世の中、見なくていいもの、はっきりとさせない方がいいものってあると思う。
この雨の中地面へと落ちたメモリは、壊れて、ばらばらになって、どこかへ流れていく。
そうして何もなかったことになって、またいつも通りの風景が戻ってくる。

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