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a certain サ店

本を持って喫茶店に行こう。思い立ち、決行。
天気も良く、新調した靴を履いて気分も良い。喫茶店は家を出て駅方面の辛うじて賑やかな町の方にある。
自分はここ、東北の田舎に20年以上も住んでいるのだが、方向音痴であった。信号を渡った後で、駅方面と逆方向に歩いていることに気づく。
然し、またすぐに引き返すのは、恥ずかしい。周囲に人はおらず、信号を渡っていたときに自分を認識しただろう車はとうに通り過ぎている。それでも恥ずかしいもんは恥ずかしい。
やむなし、遠回りをすることにする。

ゲエ、砂利道だ。新しい靴にはヒールがある。足グキしないか心配である。だが、ちまちま歩くのは傍から見たら可笑しいかもしれん。
男らしく行け。大股で行く。
自分が歩いている道の反対側から、自転車に乗った男女が見える。学生服を着ているように見える。私は目が悪く、眼鏡を掛けているのだが、今は曇るという理由で外していた。まあ、何だか若々しい声をしているから、学生……中学生くらいだろうか?
「こんにちは!!!!!!!!!!!」
男の子の怒鳴り声。感嘆符はアジビラの如く。反対側にいるため、自分にしたのか判らん。うん? と思い、そちらの方を向くと、今度は女の子の「ぎゃはは」と笑う声がした。挨拶を返そうも、自転車に乗っているため二人はぐんぐん遠くに行ってしまった。

笑われた!
その感情だけがあった。被害妄想が少しあるため、もう馬鹿にされたのだと思った。新しい靴を履いて浮足立った気持ちは地に落ち、帰ろうかという気にすらなる。顔が気色悪かったのか、恰好が酷かったのか。
泣くなシュラノスケ、上を向け。

折角の靴も笑っちゃった? きっと誰も悪くないわね

早く喫茶店に行って本を読もう。
歩き、せかせか。人とすれ違う時、自分の髪の毛量が異常に気になった。おいおい、明日から皆、仕事じゃあないのかい。帰ろうぜ。
町はやっぱり、人が多い。

喫茶店に無事にたどり着く。家族が一組(家族の数え方って何だろう。世帯か?)。老夫婦が営んでいたのだが、和やかな雰囲気でよい。カウンター席に案内される。小さなテレビから柔道の試合がやっていた。
ナポリタンとホットコーヒーを頼む。頼むぞ、と思っていたらアイスコーヒーを頼んでしまった。いつもちぐはぐだわ。
先にナポリタンが届く。さっきの二人組のことを忘れようと、美味しそうなナポリタンを口に運ぶ。熱い。
家だったら「熱ツちいッッ!!!」と叫んでいたところだが、店内である。熱さを堪える。喫茶店の温かな橙色の照明と、涙目になった視界の相乗効果で、ナポリタンにエモ目のフィルターがかかる。今は要らねえのだ、そんな機能は。
向こうで食事していた家族の、小学校低学年ぐらいの少年が「ビンバッボ、ビンバッボ、ビンバンボンビッ!」と流行りのアニメソングを歌っていた。この少年、先ほどまで食レポをしており、何を食べたのかは知らんが、「なんだか、まろやか」と言っていてよかった。まろやか少年のBBBBをバックミュージックに、ナポリタンとの格闘を終える。美味しかった。

アイスコーヒーも届く。今日は宇能鴻一郎の傑作短編集「姫君を喰う話」を読む。初めて読んだ本が「アルマジロの手」だったのだが、とても面白かったので追って買った本だ。粘的なエロ、いいな。足を口に含む描写好きだ。谷崎の少年も好き。

「人間の足は塩辛い酸っぱい味がするものだ。綺麗な人は、足の指の爪の恰好まで綺麗に出来て居る」

谷崎潤一郎「少年」

足とはまた違うが、アマガミ森島先輩ルートの膝裏にキスするシーンも好き。
 
2編余らせ、帰宅。洗い物が出迎える。
良い日でした。笑っておこう。「ぎゃはは」

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