ゴジラみたいな山だね。瑞牆山に登った記録
山容を見た瞬間に思った。
「人間があんなところに登るんかい」と。
織りなす奇岩の噂は聞いていたけれど、こんなに異様な山なんて。木々と岩が混じり合うその姿は換羽期の鳥類のよう。柔らかい羽毛とチクチクした羽軸が混在する様子を思い出した。
これは2022年11月、はじめて瑞牆山に登った記録だ。
日本百名山・瑞牆山とは
瑞牆山は山梨県・北杜市の北東に位置する標高2230mの山だ。お隣の金峰山と双璧をなし、日本百名山のひとつとしても有名である。
初心者でも挑戦しやすい難易度で首都圏からも比較的近いことから、ビギナー向けの登山雑誌やweb記事でもよく紹介されている。
かの深田久弥氏はこの瑞牆という名前を大変気に入っているという。
特徴は何と言ってもその山容だろう。
針葉樹の森林に岩が次々と突き出たような、あるいは、大岩群を押しのけるように森林が広がったような。登山者によって印象は異なるが、唯一無二の造形美に誰もが息を呑むに違いない。
韮崎駅からバスで登山口へ向かう途中、車窓の向こうにヌッと現れた瑞牆山を忘れられない。青空の広がる日中だったからおどろおどろしさは感じなかったものの、夜であればソムグルスキーの交響曲「禿山の一夜」が脳内再生されていただろう。
あるいはゴジラの荒々しい背びれのような。畏怖と美しさが入り交じった形がそこにある。
秋山に分け入り、紅葉を浴びる
バス停を降りて軽くストレッチし、いざ山へ。この日アテンドくださったのはいつもお世話になっている山の先輩。歩調を合わせて知らない世界へグイグイ連れて行ってくれる。本当にいつもありがとうございます……!
スタート地点の瑞牆山荘を発ち40分ほど登ると、瑞牆山と金峰山の両座を分かつ富士見平小屋に到着。ここではテント泊ができるため、デポ地としても大変便利とのこと。
先輩曰く、キャンプ登山のデビューはここがおすすめだという。大荷物を背負うのは瑞牆山荘〜富士見平小屋間だけだと考えると、確かに易しい。
富士見平小屋を過ぎ、淡々とそしてマイペースで登っていく。登山道は奇岩・巨岩の展覧会のよう。次々と愉快な岩が姿を現した。
登山客も結構多い。そりゃそうだ、登ったのは11月3日文化の日。紅葉の見頃で快晴ともあれば皆山へ向かうのは自明である。
1ヶ月前は台風が到来し閑散とした尾瀬でストイックなトレッキングをしていたから、この日すれ違う登山客の顔に笑顔が浮かんでいる様がとても印象的だった。
ふと視界がひらけて、向こう側に富士山が浮かび上がった。
自他ともに認める雨女なので、このように優れたコンディションでの登山は実に久しぶりである。「私でも美しい風景を見られるのだな」と自虐的な感想を抱き、最後のハシゴへ。
そして、青空が降ってきた。
高所恐怖症ことワイ、足がすくむぜ山頂で
「頂上だ〜〜〜〜!!!!! いぇ〜〜〜〜い!!!!!」
と、自身のテンションが爆上がるかと思っていた。だが、現実はあまりの高さに「ヒョエ……」と硬直し、下腹部に隙間風が通るような感覚に陥っていたのである。
いや、高い。なんだここは、天上界かい?
登山で絶景を前にした私のテンションが低いと言われるのは、大抵恐怖に打ち震えているから。感動していないとかじゃない、とにかく高度にビビり散らかしている。感受性が機能していないのではなくて、敏感すぎて感情がバグっているのだ。
数分放っておけば高度感にも慣れて「いぇい」なんて調子のよい独り言を言いながら写真撮影しはじめるため、今後私と登山へ行く皆さんは心配しないでほしい。
山頂には冷たい風が縦横無尽に吹いており、体温がどんどん奪われていく。それを想定していたかのように、先輩がほっかほかのココアを手渡してくれた。
チタンカップから湯気が立ち上る。あっちっち、うれしいな。私もこんな粋なことができる人間になりたい。
今まで飲んだどんなココアより勝るおいしさだった。ごちそうさまでした。
夕景と紅葉、銭湯と酒で〆
終バスの時間を意識し下山へ。ピストンとなったが、山に関しては意外と往復ルートも嫌いじゃない(自転車でのピストンは嫌なのだれど)。
登りと下りで景色の印象が違うし、日の傾きによって世界がいかようにも変化する。復路の方が余裕を持って取り巻く環境を観察できるような気がして、得した気分にもなるのだ。
そして無事下山完了! のんびり歩けて心地良かったな。
そして山からの帰りは風呂と酒。相場はそうと決まっている。
甲府まで戻り、まずは町中銭湯へ。昔ながらの平屋銭湯で心もホッとひといき。サッパリ汗を洗い流し心地良いですな。
あずさ・かいじ上りの終電をチェックし、下山後の酒タイムへ。この日は先輩おすすめのビアタップへ。
ゴキュッゴキュッと飲み干すビールのおいしさに、私は毎日惚れ直している。夢中で飲み食いしたため写真なんてない。撮影する時間があれば一滴でも多くの酒を飲みたい。
ぬる湯に浸かり続けているような疲労感とほろ酔い気分で特急あずさへ乗り込んだ。もうすぐ現実へ戻ってしまう。いまだけは山の余韻に浸らせてくれ、とリクライニングに身体を預け、うとうとと船を漕いだ。