愛されるべき人🐟

 四年という月日は長い。そして、四年の付き合いというのも長い。
 僕はあまり交友関係が広くないので、狭いコミュニティで穏やかにしているわけだけれど、2020年を境に更にその狭さに拍車がかかった。
 当時、僕は月に一回くらい大阪に足繁く通っていて、それが日常になっていた。けれど、それが外的な要因でできなくなってしまったり、自分のモチベーションだったりまあありとあらゆる理由が色々重なって行かなくなった。

 長く続けることは難しいけれど、辞めるのは一瞬で、何かを積み上げることはとても時間がかかる。けれど、崩すのはとてつもなく易しい。
 意外と、そういうものを手放すことができなくてダラダラと続けてしまう人もいたり、新しいものに目が向かなくて視野が狭くなってしまうのを僕は嫌なので早めに関係値をリセットしてしまいがちなのだけれど、結局その関係が変わっても変わらずに仲良くできる人だけがそばにいればあんまり気にならないというか。
 そういう自分を裏で嘲笑っている人達もいると思うけれど、発言している人がそれを言える器だとも思っていないので、無視する。

 僕は全員に愛される人を目指してはいないから、そもそもそのステージに立つつもりも、ハードルを越えていくつもりもない。大きな壁は立ちはだかったとしても、違う道を進むので。

 僕の話はどうでもいいので、別の人の話をするのだけれど。
 やっぱり、愛されるべきだと思っている人が愛されている光景をみるのは素晴らしい。
 応援したくなる人というのは、とかく全員に対しての愛情が深い。言葉の中に嘘偽りがなくて素直。謙虚で他人に対してのリスペクトも忘れない。自分の「好き」に対して真っ直ぐで、それも混じりけがなくて、嫌味がない。気丈に振舞いながらも、どこか守りたくなるようなか弱さ、儚さもある。揺るがない信念による行動は、常に前を、上を向いて着実に進歩への階段を踏んでいる。
 そういう人が愛されるべきだし、愛されて当然であるべきだ。

 愛する人を愛したいだけ、愛せる日まで愛してみる。

 僕が今できることはそれだけ。

 本日はここまで。また明日お会いしましょう。

 お誕生日おめでとう。今日からの一年も素敵な日々の連続でありますように。


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