私は吉岡里帆になれなかった
最高気温は28度まで上がる気候となり、春服を着ていると、じっとりと汗ばむようになってきた。
そろそろ、夏服の出番である。
ところが去年までの服は、襟がビロンビロン、色あせもひどく、とても着用して人前に出ることなどできない。
むしろ去年まで、この服を着て外に出ていたのかと、自分のオシャレ関心度の低さに驚いた。
試しに着用して鏡の前に立ってみたが、自分に向かって「かわいそうに……」という感情が沸いてしまった。
それくらい、みすぼらしい。
これではいかん!ということで、とあるショッピングセンターまで車を走らせた。
いつもは、某ユニーククロージングウェアハウスで服を買うことが多い私だが、今回は違う。
無難な服じゃなく、気に入った服を買おう!と決めたのだ。
色んなお店を回りたかったが、同行した子どもがすぐに飽きてしまって、実際に見ることができたのは、二軒。
そのうちの一軒で、運命の服に出会えた。
じゃじゃーん。
紺色のプリーツパンツー!(大山のぶ代さんの声でお楽しみください)
程よい上品なプリーツと、落ち着いた紺色が、大人の女性の魅力を引き立たせる。
そんなコピーが思い浮かんでしまうほど、ステキなプリーツパンツだ。
壁にかかっていた、ポスターの吉岡里帆さんも、同じものを着ていた。
スラリと着こなす吉岡里帆。さすがである。
ん?
ちょっと待ってよ。
これを着れば、私も吉岡里帆になれるのでは⁉︎
初老が危ない妄想を繰り広げる
「すみませーん。これ試着しまーす」
吉岡里帆になるため、私は鼻を膨らませながら店員さんに声をかけた。
「どうぞ〜」
満面の笑みで案内してくれる店員さん。
あら、ちょっとちょっと。
その笑顔の理由は何?(営業スマイルです)
あ、もしかして、すでに私が吉岡里帆に見えちゃってる?
ちょっとヤバい思考に陥りながら、試着室にいそいそと入る初老。
両手を広げられるほど広い試着室である。
床に敷かれた、ふわふわの円形マットがオシャレだ。
さて。私は吉岡里帆になるため、プリーツパンツをハンガーから外し、まずは左足を通した。
おおお。
テロンとした肌触りがなんとも気持ち良い。
うむうむ、吉岡は満足じゃ。
続いて右足を通した。
全体のバランスを整えるために下を向く。
あぁ、もう吉岡チャンを超えちゃったらどうしましょ……。
全人類からクレームが来そうな妄想を、もう誰にも止められない。助けてくれ。
グフグフと、ニヤつきながら、顔を鏡の方に向けた。
その瞬間。
私のニヤついた顔が真顔になった。
そこにいたのは、吉岡里帆ではなく、下っ腹が突き出た、ただの初老だった。
「…………」
思わず言葉を失う。
同じ服を着ても、こうも違うのか。
当たり前っちゃ当たり前のことだが、比較対象とのクオリティが違いすぎた。
誰だ、これを来たら吉岡里帆になれるって言ったやつは(誰も言ってない)。
自分のだらしない体型をよそに、この言いようである。
ガックリと肩を落としながら、プリーツパンツを脱ぐ。
でも、シルエットはまあまあキレイだし、履き心地もいいので、購入してあげるわ。
そう思いながら、鏡に映る自分に向かって、買うための言い訳をした。
吉岡里帆になれないけどね(しつこい)。
その後、試着室へ入る時の30%くらいのテンションで、私はレジへ向かった。
しかし店員さんは、相変わらず笑顔で対応してくれた。
もしかして、彼の目にはまだ、私が吉岡里帆に見えているのかもしれない。
ありがとう吉岡里帆
わたしは吉岡里帆になれなかった。
でも、まあいい。そんなことは、最初からわかっていた。
たとえ今、自分20代であっても、同じ結果であろう。
もちろん本気で吉岡里帆になれるとは思っていない。思っているわけ、ないじゃないか……。
ただ、体型のヤバさを改めて自覚したので、ウォーキングコースを少し拡大することにした。
そう思えたのは、あの日、吉岡里帆(のポスター)に出会ったおかげだ。
ありがとう、吉岡里帆。そこは感謝している。
今日も突き出た下っ腹を収めるべく、ウォーキングに励む初老であった。
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