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知ってた? 人の内面は「場」に表れる

あらゆる場には、その場のつくり手の内面が反映されます。これは、僕が専門にしている「場づくり」の基本原則のひとつ。この原則は、ちょっと恐ろしくもあるのですが、同時に希望でもあります。

意図して表現される場合

例えば、「人々がオープンに自分の思いを語り合える場をつくりたい」という思いを持つ人たちが、場をつくるとします。

場のつくり手の人たちは、どんな風に声をかけて集まってもらったらいいのか、どんな雰囲気でどんな流れをつくったらいいのか、準備段階でいろいろと考えるはずです。

様々なアイデアを出し合ったり、配慮を積み重ねたり、準備を進めていくわけですが、これはいわばつくり手としての意識的な表現だと言うことが出来ます。場づくりって、アートですからね。

意図せず表出する場合

ただ、ここまではいわば意識レベルの場づくりの話。実際の場には、もっとずっと大きな影響を及ぼす要素があります。それは、場のつくり手の内面であり、存在のありようです。

たとえ、「人々がオープンに自分の思いを語り合える場をつくりたい」という願いを持ち、しっかり準備したつもりでも、実際にはうまくいかない場合があります。それは、準備段階においてつくり手のメンバーどうしの関係性に、問題が生じている場合です。

言いたいことが言い合えない、陰口を言う、上辺のやりとりに終始してしまう──こういう関係性のままで場をつくれば、場に表出してしまうのです。

場のつくり手どうしが「オープンに自分の思いを語」れないなら、彼らのつくる場も同じようになるのです。

まずは自分たちのことに手をつける

場づくりをする人にとって、自分の内面や自分たちの関係性が場に表れてしまうというのは、恐ろしいことでもあります。嘘がつけないし、ついても意味がないということですからね。

でも、逆に考えれば、場のつくり手である自分たちの関係性が豊かになれば、自分たちのつくる場もその豊かさを引き継げるということです。準備段階で創造された豊かさは、当日本番の場に必ず引き継がれます。

自分の内面が身の周りに表現・表出されるというのは、いわゆる「場の主催者」に限った話ではなく、誰にでも言えること。嘘をついても意味がないと分かれば、本音で生きやすくなると思うのですが、どうでしょうか。

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