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自分について話していますか?

あなたはには「自分自身のこと」を誰かに話す機会がありますか? 上辺のことや取るに足らないことを話す機会はあっても、ちゃんとした対話の場は、日本社会で枯渇しつつあるようです。

「対話の場」が求められている

「対話のワークショップ」みたいな場って、すごく増えています。知らない人どうしで、共通の体験や知的基盤がないまま「話しましょう」とやっても、たいした話は出来ません。

それでも、そうしたやや薄っぺらい「対話の場」でも、喜んで参加している人が大勢います。

その原因は、逆説的ですが、「対話の場」そのものが枯渇しているからではないでしょうか。ちょうど寂しい老人が、ろくに話を聞いていないような相手でも楽しそうに話をし続けるのと同じように、話せる機会がなさすぎて、低いレベルでも当面は満足してしまうのです。

みんなあまりにも自分を語らなさ過ぎる

「自分について語る」なんて言うと、一方的で陶酔的な感じがして、躊躇してしまう人も多いでしょう。でも、お互いに、盛ったりへりくだったりせずにちゃんと話せばいいのです。

身の周りの人たちを見ていても、「語らなさ過ぎ!」と思うことがしばしばです。語るべきこと(悩みでも静かな決心でも葛藤でも)を持っている人というのは、それが表出しています。表出しているから、みんななんとなく「何かあるんだな」とは感じているけど、本人はスカしています。

本来、態度に表出しているのならちゃんと話すべきなのです。そこまでいくと、その場を健全に保つためにも、語られていない言葉を語った方がベターです。

自分から話しかけるのが基本

語るべきことを持っている人は、場を設定して、自分から語るのが一番です。声をかけてもらおうとか、思わせぶりな態度で匂わせて待つとか、そういう子どもじみた態度では話が前に進みません。

「話したい」とアポを取り、場を設定し、素直に話す。

相手が思い浮かばないとちょっとつらいけど、基本はこれです(相手がいないという方には「じぶん綴り方」がおすすめです)。

話を聞いたらちゃんと返そう

自分について話すために必要なのは、アポを取ること。当たり前なのですが、やらない人が多いです。クソみたいな遠慮は不要。もっと貪欲に話す場を求めていいと思います。

「自分の話」というのは、あるところまで深まると、「相手の話」にもなっていきます。

話を聞いたら、評価とかアドバイスとかではなく、自分としてはどう思ったのか、自分にとってはどんな感じがすることなのか、相手に返します。これをやれば「対話」になりますし、「お互いの話」として話せます。相手が自分の言葉で話したら、自分も自分の言葉で話す。大切なポイントです。

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