目薬の話

不器用な話をする。

この世には、目薬を差せる人間と差せない人間の2種類に分けられる。そして私は見事に差せない側に分類されている。

小学生の頃、マイポシェットから颯爽と目薬を取り出し、鼻をかむのと同じ気軽さで目薬を差し、上を向き、器用にまばたきする友達をかたわらで惚れ惚れとしながら見守ったものだ。

的確なゴールデンドロップ。透明の一粒が瞳に吸収されていく姿が美しい。また本人の「あ、差しておこう」という心の身軽さが羨ましい。

私が目薬を差し慣れていないのはそれだけ健康な目を持って生まれたということなのだろうけど、健康でも目薬を差せるようになっておかないと大変厳しい、という状況が訪れる。

花粉症だ。くしゃみ鼻水は薬で押さえ込み、目のことは見てみぬふりをしてきたがそろそろ限界だ。毎年症状が悪化し、痒くて痒くてたまらない。重い腰を上げなければならない。

私が目薬を差そうものならそれはもう尋常じゃない騒ぎを起こす。一揆だ討ち入りだ合戦だ。

まず、目薬を置いてドキドキする(怖い)

蓋を開けて、またドキドキする(怖い)

目薬の容器をつまんで、一応上を向くけど、差さずにドキドキする(怖い!!)

位置取りが決まらず、一度は定まった覚悟を散らす。

このへん……か?

いいだろう。

いいということに……しよう。

いざ!!!!

ボタッ!!

「!!!!!!」

外した……!……!!?

頬の上を流れ落ちていく最初の一滴。目は渇いたままだ。なんということ。ようやく覚悟を決めたのに失敗に終わった。つまり、つまりまた覚悟のし直しからということだ。差せる人間にはこの絶望と葛藤がわからないだろう。園崎詩音が悟史くんや葛西のことを思いながら厳しい拷問に耐えようとしたのに、一発目でつまずいたアレと同じなんだ(オタク)

二度目の覚悟は上とまったく同じ内容なので割愛。

ボタッ!!

(あっっっっっっっっっっ!!)

(あーーーーーーーーーーー)

(ぐおお……)

こめかみまでジーンと振動するほど固く目を閉じる! 絶対に離れない! 隙間からだらだらとこぼれ落ちる目薬!(いや……涙?)苦悶の表情! 目薬をこぼしてはいけないというやっとこの理性で首だけは上向き。

そして、しばらく目を鳥の足跡にしたのち、頑張ってまばたきしようとする。この顔がまたブッサイク。見ないでもわかる。できないならやらなければいいのに、社会一般常識として〝目薬を差したあとまばたきして染みこませる〟というのがあるから、忠実に守ろうとする。半分も開いていない目でバチバチとまばたきのようなものをしてみせるも、この時点でこめかみ付近の筋肉は突っ張って死んでいる。

だらだらと溢れ出た目薬と鼻水(なぜお前まで)をタオルで拭き取ってようやく目薬を差し終えたと言える。とてもじゃないけど人には見せられないし、マイポシェットから颯爽と取り出して五分以内に差し終えられる自信がない。

どうにか上手く差すコツはないものか。お手元のスマホで調べてみることにした。「目薬 苦手」「目薬 差し方」で検索をかける。出るわ出るわ。目薬が苦手なお子様に対するママ宛の対応が。

バカにしやがって!

大丈夫、ちゃんと答えがありました。よると、目の中心に落とすのではなく、下瞼を引っ張って、眼球の下部、血管が見えるあの隙間に落とすように垂らす。そしてここからが肝心。

こぼれてしまうからまばたきはしない。目を閉じて瞳全体に染み渡らせるようにし、自然にこぼれた分だけを拭き取ること。

社会の一般常識は? 小学生のときに見た憧れの姿は?
ぎゅうぎゅう目を閉じて耐えてた時間……あれが正解だったと? 必死にまばたきしようと人知れずブサイク晒してたのは余分な作業だったと?

おお、なんていう脱力。喜んでいいのか悲しんでいいのか。しかしこれでまばたきしない分、ハードルが下がった。というわけで再チャレンジ。

ゆっくり下瞼を引っ張り、指先を目がけて一滴垂らす。垂れた瞬間は↑と同じ反応なので割愛。そこから自信を持って目を閉じ、念じた。

これが正解だ。

これが正解だ。

これが正解だ。

清涼感、達成感、優越感の三拍子が揃った。鬼の首を取ったような気持ちになった。目薬を差すのは、合戦と同じだからだ。目薬、討ち取ったり。

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