見出し画像

柿の種を食べるために自立生活

私は柿の種が大好きです。しかし、おやつを食べる時間がなかなか見つかりません。ヘルパーさんに食べさせて頂くと、ふたつかみっつずつしか口に入ってこないので時間がかかりいらついたり、迷惑かなあと悩みます。だから今日はひとりで食べる工夫をしました。ティッシュペーパーの上にお皿を置き、柿の種を盛ってもらいました。

子どもの時には、キャラメルコーンやかっぱえびせんをお皿に入れてもらい机に置き、食べていました。母は、「犬食いのようだからやめなさい。」と言われて食べさせてもらいました。しかし、やはり母の手ではおいしさを感じなくてお皿に口を付け食べたほうが美味しさを感じて楽しみでした。体を猫背にしてお皿に持っていくタイミングも自分で考えて行うことは、ちょっと苦しい作業ですが、でも楽しいのです。

施設にいた時は、職員が少なくなかなかご飯を食べることができませんでした。友達に手伝ってもらい食べることも多くありました。ある日、おいしそうな味噌ラーメンが前に置かれて、においに誘われお腹がグーグー鳴り、思わずどんぶりに顔を入れ、ラーメンとつゆを吸いました。なんとこれは美味しい、やめられない、良いことを知った!と嬉しくなりました。しかし、その光景を看護師さんに見つかり、「みちこちゃん、なんでそんな食べ方するの。お行儀が悪い。私が来るまで待てないのかい。」と言われ、私はその看護師さんの顔を睨みつけました。

すると看護師さんは、「あなたは気が強い子ね。ちゃんと職員が来るまで待つものよ。」と言われ、往復ビンタをされました。私はその頬の痛みより、ラーメンのおいしさの方が忘れられなくて、またどんぶりに顔を付けラーメンを吸いました。すると看護師さんは黙ってラーメンどんぶりを取り上げてどこかへ持っていってしまいました。私はその時、やはり手が使えたらなあと目に涙が浮かびました。こんな生活はもう嫌だ、どうして食べ物を美味しく食べるのには姿形を考えなければいけないのか、と思いました。

今でも私はあのラーメンの味は忘れられません。今はヘルパーさんに上品に食べさせて頂き、汁はストローで吸っています。しかし、やはりラーメンどんぶりに顔を入れ食べるのが最高の味だと思っています。そのラーメンの味が忘れられなくて、私は施設に二度と入るまいと思い、地域での自立生活の運動をしたのだと思います。

障がい者の自立生活とは、むずかしい理念を語る人がいますが、生きる理念とはこういうものかもしれません。今の施設や病院にいる人たちは、私の子供の時と同じ思いをしているかもしれません。ラーメンの匂いを嗅ぎながら、ずっと職員が来ることを待っているのです。そんなことは、残酷です。手の使える方は、ラーメンの湯気の向こうで微笑みを浮かべながら割り箸を取り、食べます。当たり前の仕草でも、私は羨ましいなと思う時があります。今は自立生活をしたくてもヘルパーが足りなくて施設か親のそばにいてじっと我慢している人がいます。ヘルパーを増やすことは、もう国民の問題だけではありません。政治家が、どうしたならヘルパーの仕事を選ぶかを具体的に考えなければいけない時だと思います。ヘルパーの月給なのか待遇なのか、障がい者たちの教育なのか、色々なものを孕んでいます。

柿の種を食べながら、こんなに長い原稿を書いてしまいました。それだけ私たちは1日1日他愛もないことで子供の時の生活を思い出したり、楽しかったことや、辛かったことを思い出しています。そういう思いを引き出していくことが大切なのではないでしょうか。

パソコンの打てる障がい者は、施設に行き「あなたはどのような生活をしたいの?」と聞きながら、文章にしてあげるのも大切な仕事です。職場介助者は、さいたま市では実現されています。国も今月から自治体支援をします。ビッグニュースです。れいわ新撰組の木村さんと舩後さんが国会議員になり、職場介助者がいなければ働けないということに気づいたからこそ実現したのだと思います。障がい者にとってたくさんの仕事がありますが、障がいのある人たちの心を閉ざしている言葉を引き出していく仕事から行わなければいけないと思います。

そして、ヘルパーさん達も生活の支援だけではなく、仕事の支援もしていくことが出来たなら、幅広い考え方ができるのではないでしょうか。チャレンジですね。「ラーメン一杯の思い出」、ありがとう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?