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オサメルコト。〜新聞配りのおじいちゃん〜


本日は久しぶりの投稿となりました。
最近バタバタしていた私ですが、少し時間ができたので、この間出会ったおじいちゃんの話をしてみようと思います。

夜勤明けの朝、いつものようにポストに入ってる新聞を直接受け取る機会がありました。
配ってくださってた方は、かなり年配の方でゆっくり地道に作業を行なっているおじいちゃんでした。

あまりない機会で、少しお話ししてみたいなというのもあり、たまたま家から出たタイミングでおじいちゃんが来てくれたので受け取る時に少しお話しさせていただきました。

どうやらとっくに定年退職していて、
何故この仕事をやっているのかと疑問に思ったので聞いてみたら、ゆっくり話し出してくれました。

「いつ何があるか分からないし、働けるうちは働いて稼がないと。
それと運動のため」

それから
「この段差がきついんだよ。車椅子を改造して新聞を大容量入れれるモデルにしている」

などなど
普通に聞いていれば感心するなという気持ちですが、私はこの人はやはり年相応に人生を真剣に生きて来た方なんだと察しました。

まず、いつ何があるか分からないからそれに備えるためにという精神に心を打たれました。
私自身もそう思うようにしていますが、人間というのは慣れや習慣になってしまうとそれが当たり前になり緊急時や一瞬の災害に備えるということを忘れてしまう生き物だと思っています。
何歳になっても自分の身は自分で守る、自分の大切なものは自分で守るという強い心が見えました。

そして私からすればなんともない段差も、大変だということに関して、そのおじいちゃんはこういう段差が大変だということ。
私はその瞬間に、私自身仕事をしていく上で、こういう方にはどういったものが障害になり何が必要なのかを考える機会を与えてくださったのだと思いました。
あらゆるビジネスにおいて、お客様や個客、企業様に提案するときに常に相手のことを考えてそれにあったビジネスプランを提供する、そのクオリティが高ければ高いほど結果も出やすくなると思いました。
また、そんな中でも必死に新聞を配ってるおじいちゃんを見て、私自身若いうちにもっとできることはないかと思いました。

そして最後に車椅子を改造して、新聞を入れ、押して歩けるように改造したという発想力に驚きました。
身近でよく使うものや生活に必要不可欠なものを仕事道具の一つとして使用するという姿勢に私自身何が考えさせられることだと感じました。
普通は車椅子を日常的に使って不満やストレス、不自由だと感じている方だとそんな発想には至らないと思います。
このおじいちゃんは、それを逆転の発想として取り入れ、その車椅子に新聞を入れれるよう改造する→仕事ができる→収益を得れる→健康にいい
という仕組みを作っています。
ものは考えようという言葉をよくできた言葉で、本当にそうだと思いました。

このおじいちゃんは当時仕事ができる人だなと直感的に感じました。
令和世代の私たちですが、その昭和の根性は私自身を含め、今の人々に必要な魂だと強く思います。

この便利な世の中、お金を出せば快適な生活を取り入れることができる世の中に必要な考えだと私は思います。

あのおじいちゃんのように、いつ何が起きても大丈夫なような対応力、柔軟な発想力、昔の人の血筋を見習いたいと思います。

新聞配達のおじいちゃんに感謝し、今日はこれをここにオサメルコトとします。

ご清覧頂き感謝致します。

オサメルコト。

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#株式会社DYC
#おじいちゃん
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