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『呼吸をする事が苦しい』

近頃は、呼吸をする事が苦しい。

子供の頃は、青空は果てしなく遠く、進む道は何処までも何処までも遠く、有限である筈の物は無限で、巣立った後の世界は未知で溢れ、知識という名のガラスの蓋に自由を奪われる事すら解らずにいた。

大人になって、ガラスの蓋を透かして見える筈の真実が見えなくなり、教養という名の鎖にがんじがらめになった時、僕はようやく物事には限りがある事を理解した。

大人になるのが嫌で、素養という名のラケットを破壊し、大人のルールに縛られたゲームを破壊し、その事に対する説明の必要性から逃れたくて無言を貫抜いたけれど、大人の世界はあまりにも残酷で、発言を控える自由すら与えられないと僕は知った。

空が低すぎるよ。見えない恐怖に怯えすぎて。
と、同時に僕は僕の本心が盗聴されているのだという不安に陥る。

僕の声はとても届かないよ。透明なガラスの蓋に反射して。

盗聴された僕の声に対する殺人予告に僕は怯えて、僕は地中深くに逃げ込んだ。

やがて僕は、人に迎合しない静寂と、殺人予告が聴こえない静寂に安堵したけれど、ミミズとなった僕はやっぱりそれでも呼吸をする事が苦しくなって、届かぬ声で一杯の、限りある酸素を求めて外へ出た。

私はあなたを汚染すると皆が言う。
あなたは私を汚染すると皆が言う。

やっぱり近頃は、呼吸をする事が苦しい。

呼吸する植物を、ガラスの壁面を伝う、水のひとしずくのように、僕をそっとして欲しいのだけど。

写真 文 大崎航


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