日常の欠片

 今日は、行きつけの喫茶店の常連が亡くなった日だ。
 ラーメン好きでバンドマンではにかみ屋な彼は、二年前の今日の深夜、あっという間に交通事故で逝ってしまった。

 亡くなる少し前に、背割という話を彼としたのを憶えている。
 大坂城を中心とした大阪の街には太閤背割という官製下水道の痕跡が残っている、という話だ。下水の溝自体は既に失われているが、今でも背割の跡は建物の背中同士に隙間があり、川から大坂城近くまで視線が通る箇所がある。
 この話をしたとき、彼は目を輝かせて耳を傾けていて、実際に見に行こうとしていた。

 恥ずかしながら、今日になるまでこのことを忘れていた。
 常連仲間から今日が亡くなって二年だと聞かされて、彼の思い出が蘇ったのだ。

 長身を屈めながら、泡を除いたアメリカンコーヒーを両の掌で抱くようにして飲んでいた彼の姿は、間違いなく私の日常を構成するパーツの一つであったと思う。


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