見出し画像

ぼっち大学生、銀山温泉の旅館に一人泊まり、思案する

小型機にかかる短いタラップを降りると、きんと冷えた空気が身を包んだ。
日はまだ暮れていないがどんよりとしていてどこか薄暗いのが如何にも冬の東北という感じだ。
クリスマスを控えた街と人とが眩しすぎる自分にとってこの薄暗さはむしろ心地よく、きんと冷えた空気も独り身の寂しさに比べれば別に厳しくはない。

食パンとコーヒーで目を覚まし、パソコンからしょうもない授業を垂れ流しながら洗濯と皿洗いをしてたまにバイトして夜になったら飯を作ってYouTubeを見て寝る。
たまにスーパーで高い肉を買うのがほぼ唯一の贅沢。
こんな日々では正直生きているのか死んでいるのか分からない。
何ら刺激もなく、考えることもなく、同じことの繰り返し。
成長もしなければ衰えを感じることもない、ただ部屋を汚していくだけの生活。
普通の大学生なら日常の中にサークルを中心に飲み会やら合コンやらデートに旅行など何らかの刺激をもたらすイベントを定期的に持ち合わせているだろうがあいにく自分にはそれがない。
かといって全くの孤独というわけでもないのが厄介なところで、一人で街に出れば歩く人と自分を比べてダサいと感じ、バイトをすれば周りと比べて自分の無能っぷりを身に染みて感じる。
つまるところ孤独と言いつつ部屋から出れば自分の生活は他者と何らかの比較、競争を強いられている。
今更競争を否定するつもりは全くないのであるが、いかんせん自分は競争に疲れてしまう。
だからたまに自分は完全に孤独な状況に身を置く必要がある。
コロナ騒動前までであればその場所はウラジオストクの路地裏であり、満州の大雪原の真っ只中であったのだが今はそれが叶わない。
だから自分は今こうして東北の山中の高級温泉宿に一人泊まっているのだ。
部屋に二つ置かれたベッドが何やら不思議そうにこちらを見ているような気がしたが二倍の値段を払っているのだから今夜の部屋の主は自分だけだ、文句はあるまい。

画像1

この空間にはおしゃれもダサいも、成功も失敗も、人たらしもぼっちも、何も存在しない。
あるのは自分と畳と布団と、木々を抜けて聞こえて来る滝の音だけ。
何をしようとも比較されることはない。
話題のアーティストを聴いて流行に追いつこうとすることも、人の前でおもしろい話をしようとすることも、何も必要ない。
ただ好きな動画を見て、好きな音楽を聴き、ポテチを貪り、それも飽きたら窓から温泉街の川辺に降りしきる雪を眺めるのである。
これを贅沢だと感じている時点で自ら普段と比較を行なっているわけだが、まぁそれは置いておこう。
とにかくこの時間が最高なのである。
完全な孤独で、競争が,勝利と敗北がないこの時間は何物にも替え難い。
ただ残念ながらこの時間を得るにはそれなりに金が必要で、それもまたアルバイトで、競争を大前提とする資本主義のど真ん中で、得た金である。
競争から逃れるには競争に揉まれる必要があるという皮肉なジレンマを抱えているのが少し虚しい。

大学に入ってから、ぼんやりとした競争に巻き込まれることが多くなった気がする。
高校までであれば受験という明確な競争があって、自ら望んでその競争に巻き込まれていた。
その競争に打ち勝つのが分かりやすい目標だったはずだ。
大学に入ってからはどうだろう。
友達がたくさんいるか、彼氏彼女がいるか、自炊ができるか、お洒落なブランドを知っているか、話がおもしろいか、良さげな居酒屋を知っているか、資格を取っているか、どんなバイトをしているか、インターンに参加しているか。
どれもこれも曖昧で、自分は巻き込まれたくない競争科目であるが、自分はそのほとんどの競争において敗北を喫している。
こんなに敗北を重ねたのは多分小学校のスポ少の野球をやっていた時以来だ。
どこと当たっても勝てない、でも当時は理由は分かっていた。
自分たちの技量と練習の不足と、メンバーの少なさ。
それは小学生なりに何となく理解できていた。
でも今はよく分からない。
なぜかいつの間にか試合が始まっていつの間にか僕は負けている。
ぼんやりとしたよく分からない相手に、広いぼんやりとした場所の中で、よく分からない間に見えない審判にプレイボールを告げられて僕は負けている。
だからどうすれば勝てるのかも分からない。自己啓発本を読む、何か勉強に打ち込む、バイトする、部屋をきれいにする、どれも不十分ながら策を巡らしたつもりだったが何も変わらなかった。
もちろん試合が始まっているからには勝ちたいという思いは根底にあって変わっていないのだが、勝てない。
というか、乾杯の様子を撮りあってストーリーにあげあう連中やどう見ても普通の大学ならネタ枠の顔なのにドヤ顔でミスターコンに出場している男に比べたら僕は勝っていると思っているが大学というしょうもない檻の中の価値観では僕は彼らにさえ負けている。
この連戦連敗から逃れるにはどうすればいいか、導き出した答えが競争の放棄、つまり完全な孤独だった。

どさっと屋根から雪が落ちる音がした。
12月上旬だというのに東北の冬はやはり早い。
部屋で少し暖まりすぎたせいか頭がぼーっとしている。
ロビーに行って水を一杯飲んで部屋に戻ると、部屋の入口に小さな木札が掲げられていたことに気づく。

画像2


洗心、それがこの部屋の名前だった。
部屋に飾られた洗心という文字と共に描かれた仙人みたいなおっさんは滝の横で一人で酒を嗜んでいた。

画像3


洗われた心とは、別に綺麗である必要はない、心を洗うとはこういうことだと、自分の本音に従うことだと、仙人みたいなおっさんは僕に語りかけた。
滝の音はどんどん大きくなって耳にこだました。
その正体が旅館の横を流れる滝なのか、それともおっさんの横に描かれた滝なのかは分からないふりをしておいた。

画像4

銀山温泉で、ネット予約できて一人で泊まれるのはここ。オススメです。

瀧見館

http://www.takimikan.jp/sp/


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?