見出し画像

『あらわれた世界』№17

もう秋だというのに、会館はまだまだ夏の陽ざしで、クーラーも簾もかけているが、それでも足りず、小野さんはパタパタと団扇を扇いでいる。

篁公は一族で冥廷を再興することに情熱を燃やしているが、小野さんのシャドウは冷静だった。

シャドウによると、この世界では、死後に裁きを受けない宗教が主流になっており、そもそも必要のない冥廷は自然に衰退し、滅びるのが筋ではないかと推測する。小野さんも同じ考えで、猫さんとチョビヒゲ猫も、なんとなくそう思った。

「新しい宗教を作れば良い」

驚いて振り返ると、全ては聞かせてもらったとばかりに、お偉いさんがお茶を持って現れた。3人とシャドウは慌てて平静を装ったが、お偉いさんはガチャンとちゃぶ台にお茶を置くと、シャドウの横に座布団を敷いた。シャドウは踏まれないようとっさに身をよじった。

生前も死後も、何人にも裁かれたくないのが人間の本心だとすると、科学の進んだ現在で、新しい宗教に冥府の裁きの概念を植え付けるのは難しい、とお偉いさんはお茶を飲みながら付け加えた。

美味しいお茶を頂いた猫さんは、"なんちゃって冥廷"で良いのではないかと提案する。小野さんが聞き入ると、モニュメントとしての冥廷を小野さん一族が運営するという内容だった。

「なるほど。観光名所にするのか」

猫さんとチョビヒゲ猫は何度も頷いた。小野さんもそれなら人も集まるし、収益も得られると未来の展望が湧いた。しかし、実現するには、生きている人達に来てもらうことになり、冥廷を異界に置いておくことは出来ず、篁公やオシリスが運営に携われないことになる。小野さんは頭を抱えた。

お偉いさんは、小野さんの苦しむ様子を見て、篁公とオシリスはもうこの世にいない存在なので、これからを生きる小野さんは、物理的にも彼らと距離を取った方が良いと助言するも、これからも小野さんが冥界と繋がる為には、篁公とオシリスの存在は不可欠だった。

しかし、お偉いさんの言う通り、シャドウと統合した小野さん自身も、体感として、生と死の狭間で存在し続けるには、限界が来ているように感じていた。

夏バテ気味のチョビヒゲ猫は、ちゃぶ台の隅で伸びをしながら寝転がると、とてつもなく巨大な足が目の前に現れ、その大きさに驚きながらゆっくりと見上げると、長い長い旅を終え、すっかり年老いた閻魔大王が立っていた。







いただいたサポートは活動費にさせていただきます。