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『悩ましい世』No.6

それは突然訪れた。

猫さんが、街の公園でいつものように枝落書きをしていると、大好きな枝はポキリと折れた。折れてしまった枝は、夜中の井戸に差し込んでも全く光らず、不思議な素振りも見せなくなり、本当に単なる木の枝となった。猫さんの落胆ぶりは大変なもので、チョビヒゲ猫が励ましても、ご飯が喉を通らないほど塞ぎ込んでいた。

日に日に痩せてゆく猫さんを、さすがに見かねた小野さんは、防災倉庫を管理している担当者に電話をかけた。事情を説明すると、ちょうど冬の融雪剤を撒きに倉庫へ行くので、とりあえず倉庫まで来るように案内された。小野さんは折れた枝とすっかり憔悴しきった猫さんをリュックに入れ、散歩がてら倉庫まで歩いてみることにした。

久しぶりに商店街を通ると、地味ながら白蛇祭りが開催されていた。小野さんは、年末に向けてクリスマスで賑わう商店街を微笑ましく眺めながら防災倉庫へ向かう。リュックの中で猫さんは、突っ伏したまま動かない。街から20分ほど歩くと、防災倉庫に着いた。倉庫の外玄関は開いていて、内部にある木造扉をノックすると、静かに白髪のお爺さんが現れた。

「あぁ、この猫か」

白髪のお爺さんは笑いながら、倉庫の奥の部屋から、先日折れてしまった枝と全く同じ形をした枝を持ってきてくれた。小野さんは驚いたが、2つ揃って初めて枝の用途を理解した。

「釣り竿を掛けていたんだが…」

リュックでうなだれていた猫さんに、お爺さんが新しい枝を見せると、猫さんは思わず顔をあげ、枝に手を伸ばした。リュックの蓋を開けて枝を渡すと、猫さんはみるみる元気を取り戻した。その様子を見て、小野さんは思わず吹き出した。枝に夢中な猫さんに、お爺さんは感心する。

「その木はオークなんだよ」

小野さんは真顔になった。

猫さんはうやうやしく、お爺さんに最大限のニャーをする。小野さんは、なし崩し的に融雪剤を撒く手伝いをするハメになったが、作業が終わると、お爺さんから暖かいインスタント珈琲を頂いた。リュックの中の猫さんは、さっそくガリガリと新しい枝で爪を研いでいた。









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