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塀のない刑務所

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2021年5月の記事一覧

塀のない刑務所(大井造船作業場)⑫

「奉仕作業」「ビデオ鑑賞会」 普通の刑務所では、土、日、祝祭日は、刑務作業は休みなので、やる事など何も無く、むさ苦しさで呼吸困難になるのではないかと思う舎房の中で、 ただ「ボー」っと過ごすだけだが、大井では土、日も予定はいっぱいである。  工場の仕事は休みだが、奉仕作業、会議、資格試験の実技の練習等のスケジュールが必ず組まれていて、何の予定も無い日は無かった。  大井でいう奉仕作業とは、造船所からの依頼を受けて行う作業である。  ショット場清掃作業、船内清掃、どっく溝清掃

塀のない刑務所(大井造船作業場)⑬

「職業訓練」 大井は職業訓練の刑務所である。 それが最大の目的の刑務所とも言える。  そして私が大井に来たかった理由の一つでもあった。  何の資格もなく、出所してからの仕事に不安があった私には、最大の目標であった。  取得出来る資格は、アーク溶接、ガス切断、玉掛、移動式クレーン、天井クレーン、フォークリフト等であった。  全員が全ての資格を取得出来るわけではなく、試験日と残っている刑期によって、それぞれ違う、刑期が長い人ほど多くの資格が取得出来るという事である。  ガス切断

塀のない刑務所(大井造船作業場)⑭

「自治委員・一班リーダー」 「おろかし!三役会議で自治委員に推したからな!衛生委員な、いけるよな!」  一班リーダーに呼ばれて告げられた。  自治会長は職員さんが決める。各班リーダーは自治会長と職員さんで決めるが、自治委員は会長とリーダーで決め、職員さんはほとんど関与しない。  現在の衛生委員のNさんは、出所する訳ではではない、一級生に落とされるらしい。  三役会議とは、自治会長と各班リーダーだけの会議である。 そこで新入生、二級生、一級生、自治委員の生活態度などの情報を

塀のない刑務所(大井造船作業場)⑮

「行事」 大井の行事の中には、普通の刑務所では考えられないような行事がいくつかある。  ⑫で書いた海水浴もそうだが、集団散歩という年二回も行われる「遠足」がある。  経理班がお弁当を作り、バスで博物館や記念館の観光地を見学するのである。手錠や腰縄は一切ない。  一般の観光客も多数いる。家族連れも多い。  私は家族連れを見かけるたびに、隠れたくなる衝動にかられた。他の寮生達は皆笑顔で談笑しながら歩いているが、私は隠れたかった、笑いたくなかった。笑っている姿を見られたくなかった。

塀のない刑務所(大井造船作業場)⑯

「最終回 出所」 私は大井に来てから、二人の自治会長の出所を見送った。三人目になるのが、今の自治会長のSさんとなる。  大井での二度目の年も明けた一月の終り頃に、自治会長Sさんの仮面接があった。    出所するまでには、仮面接、本面接という面接を経て出所となる。  自治会長は、仮面接からおおよそ二ヶ月後ぐらいに本面接があり、 そこからさらに二ヶ月後後ぐらいに出所となる。  自治会長の出所が見えてくると、次の会長は?という話もチラホラ出てくる。一班、二班、経理班の各班リーダ

塀のない刑務所(大井造船作業場)⑰

「最終回part2… その後」 姉と松山刑務所を出て、甥の待つ駐車場で、姉の携帯を借りて妻の携帯に電話をかけた。仕事中だったと思うが、電話に出た妻は、「頑張って」と一言だけの短い会話だったが、出所の報告が出来た事、声が聞けたことが嬉しかった。  携帯の番号がそのまま変わっていない事も、私にとっては大きな事だった。  その後は、私から電話する事も、メールをする事もしなかった。  電話はしないで欲しいと言った、あの時の妻の気持ちを無視して電話をするという事は、自分の我儘の様な気が