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◆レビュー.《映画『月曜日に乾杯!』》

※本稿は某SNSに2019年7月5日に投稿したものを加筆修正のうえで掲載しています。


 オタール・イオセリアーニ監督によるフランス映画『月曜日に乾杯!』見ました~!

映画『月曜日に乾杯!』

<あらすじ>

 フランスの田舎町に住む中年男性ヴァンサンは、片道1時間半の道を電車を乗り継いで勤め先の化学工場まで通勤している。
 彼の勤める化学工場は危険なので敷地内は禁煙。もうもうと煙があがり、多量の汚染物質を排出している。

(※まず、主人公の化学工場と、家のある田舎町とのコントラストが嫌味なくらいにハッキリしています。主人公のヴァンサンは愚痴も不満も口には出しませんが、この日常に飽いていることは良くわかりますね。)

 ある日、ヴァンサンは工場の門前にある喫煙所で煙草を吸っていたとき、急に気まぐれを起こして工場を無断で欠勤する。

 その足で長らく会っていない父の元に立ち寄ると、彼は親戚に疎まれながらも病気に伏せっている様子。

 父はヴァンサンに「外国に行って見分を広めるといい」と言い、様々な海外の紙幣の束を彼に渡す。ヴァンサンはそのまま海外へ……! というお話。

<感想>

 われわれ日本人とヨーロッパ人とでは、同じ映画を見ても感想は違います。それは当然のことで、仕方ない事でしょう。
 ですので、本作は2002年ベルリン国際映画祭の銀熊賞&国際批評家賞をW受賞していますが、ヨーロッパ人と同じ感想を抱くとは限らないでしょう。
 ということで、この映画の謳い文句のひとつである「癒し系コメディ」という評価も、ぼく的にはどうかな?と思ってしまいました。

 というのも、本作で描かれるフランスの田舎町というのは、われわれ日本人にとっては全く馴染みのない異国の風景であり、その田舎町の風景もヴェニスの風景も、われわれ日本人にとっては「どちらもどちらの全く同価値の異国の風景」であって、比較的ヴェニスのほうが美しいとか、片田舎の風景が劣るとかは言えないわけです。
 どちらの風景も同じ異国の風景。のんびりとした田舎風景からヴェニスののんびりした風景に移動したからと言って、何が変わったのかはわれわれ日本人には「感覚的」にはハッキリわからないのではないでしょうか。
 まあつまりは「異国の人が別の異国に旅した」という価値を、われわれ日本人はヨーロッパの国々の人と同じようには受け取れないわけですね。
 SFで例えれば「火星に移住していた地球人が、仕事に飽いて、ふらりと金星に旅に行った」といった感じで、火星も金星も、われわれとしては同価値で、移動したからリフレッシュになったという感覚は火星の人にしか分からないわけです。
 「リフレッシュになったんだろうな」という"意味"自体は受け取れますが、それをヨーロッパ人と同じように"感じる"ことは不可能なわけです。
 ですので、日本人は日本人として本作を楽しむ以外にないんじゃないですかね。

 そういうことで、ぼくはこの作品の謳い文句である、「イヤな日常に飽いた中年男性が勤務先をブッチしてふらりとヴェニスへ行き、昼間っから酒呑んで歌って陽気にやるリフレッシュ・コメディ」というほどの「癒し」は感じなかったんですよね。

 「癒し」を感じなかった理由のもう一つは、この作品は非常に日常描写に優れている。優れているが故に、あまりの日本人との違いが目立って、感情移入はしにくいと感じてしまったんですね。
 ただ、その異国の日常の雰囲気と言うのが濃厚で、思わず自分がその地で生きてたらどんな暮らしをしていたのかなあ……という想像でも楽しめる面白さがありました。

 そういう「濃厚な日常描写」というのは主人公がヴェニスに移動してからも続いて、ヴェニスではヴェニスにいる人たちの日常生活をじっくりと描いていきます。

 ちなみに、この映画で映されるフランスの田舎風景も、ヴェニスの風景も、ぼくはさほど「美しい」とは思わなかったんですよね。
 「美しさ」よりも、そこに住んでいる人々が、毎日のように見て、慣れて、親しんでいる風景がそこにあるのが重要なのだと。あえて外連味を出して美しさを強調するでもない。日常に目を向け、そこに「望ましい感覚、親しい感覚」を見つける。そういう感覚は、ヨーロッパ人も日本人も変わりないのだなと思いました。

 「外連味」の話を出しましたが、本作はかなり「外連味のない」映画だったな、とも思いました。まあ、ハリウッド映画と比べて、という意味ですが。
 ほぼ全てのシーンはロング・ショットで、登場人物らの繊細な表情をクローズ・アップする事もなく、遠くから観察するように客観的な視線を投げかけているようです。
 それでいてワン・カットに複数の要素を入れ込んで流したり、カットの繋ぎ目も面白い。一見、客観的でそっけないカメラワークにも見えますが、やっていることはスマートで技巧的。そういった観点からも楽しめる、レベルの高い映画だったと思いましたよ。


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