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◆読書日記.《ガイ・オグルヴィ『錬金術 秘密の「知」の実験室』》

※本稿は某SNSに2021年11月26日に投稿したものを加筆修正のうえで掲載しています。


 ガイ・オグルヴィ『錬金術 秘密の「知」の実験室』読了。

ガイ・オグルヴィ『錬金術 秘密の「知」の実験室』

 好きなんですよねぇ、創元社さんのアルケミスト双書。まずブック・デザインがいい。小冊子的な分量ではありますが、図版が多くて印刷がいい。何よりも「モノ」としての本を美しいものにしようという美意識が感じられて、いいんですよねぇ。

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 って事で本書の内容。

 著者のプロフィールは「錬金術の実践的研究家、作家」との事。
 「実践的」!?……という事で、本書は古代から書かれてきた錬金術の秘術の「思想」を紹介している(「説明」というよりかは「紹介」と言った感じ)だけでなく、実際にどういう手順で錬金術の作業をするのかという「実践的」な内容にもなっているのが特徴と言えるだろう。

 錬金術の本は昨年末から今年の頭にかけてぼくも何冊か読んだが、それらにはほとんど「具体的な作業方法」といったものは書かれていなかったのだ。本書の「実践的」な部分を「特徴」だと思うのはその辺の事情がある。

 錬金術は化学実験のような実作業は確かに行うのだが、それよりも何よりもその「思想性」が重要だ、というのが単なる化学実験とは大きく違う点なのだろうと思う。

 本書でもまず初めに著者は「錬金術師になろうと思うなら、あるいは少なくとも錬金術の秘薬を何滴か作ろうと夢想しているなら、まず錬金術師と同じようにものを考えなければならない」と言っている。

 思想性が重要だというのは、ある意味これが科学的思考の産物でなく「魔術」の眷属だという証拠なのだと思う。

 錬金術は長い歴史の中で様々な薬品を開発し、様々な物質を生成する術を編み出してきたが、それらは単に「結果」が付いてくれば良しとするものではないという点に最大の「魔術」的な特徴があったのだろう。

 それは例えば、実作業に入るにあたって「実験を始める時期」を決めなければならないという点に見られる。それはまさに占星術的な考え方の上で時期が決定されるのである。

 これは西洋の長い魔術の伝統的な思想とリンクしていると言えるだろう。いわゆる「万物照応」の思想である。
 化学的な作業を行うとしても、そこにあるのは唯物的な考えではないのである。

 物質は、天体の運行と紐づけられて考えられる。

 例えば、錬金術のシンボルとして有名なのは、天体と金属との照応――月は「銀」であり、太陽は「黄金」、水星は「水銀」を象徴する天体である。金星は「銅」、火星は「鉄」、木星は「錫」、土星は「鉛」となる。

 これら七つの天体は占星術的な思想から言えば「時期」に深い関わりがあり、それぞれ十二宮の星位を移動している。これが占星術的な時期に関わっているわけである。

 「顔料と霊薬が混合されても、それが適切な瞬間に行われなければ真の錬金術とは言えない。タイミングがあわなければ、惑星との共鳴を最大にできない。そのために、天体の動きを理解する必要がある(本書より引用)」。

 勿論これは「鉱物錬金術」だけでなく「植物錬金術」にも適応される考え方なのである。

 つまり、七つの天体ごとに、それを象徴する植物が存在するのだ。

 例えば太陽を象徴する植物はショウブ、マリーゴールド、シナモ、カンキツ族の木すべて、モウセンゴケのすべて、ヒマワリ、コゴメグサ、クルミの木などなど……月を象徴する植物はアカンサス属、ヒナギク、キャベツ類、ナツメグ、ナデシコなど。

 これらの天体と物体はどういった理由で紐づけられているのかと言えば、それぞれの天体にある種の「性格・性質」を持たせており、それによってそれぞれの物質の性質を区分けしているのである。

 太陽は生命力であり、意識であり、個々人の魂(ソール)であり、熱い、乾燥した、男性的、活発などの性質を司る。
 それに対して月は情感、本能、潜在意識を支配しており、女性的、母性的、養育的、内省的、可変的な性質を持つ……といった具合に、七つの天体はそれぞれに違った「性格・性質」がもたらされている。

 「星占い」等で良く見かける星座ごとの性格診断みたいなもので、皆さんにも馴染みのある考え方ではなかろうか。

 これら性格の違った天体の動きは地上の全ての物質に影響を与えるというのが――魔術で言う所の"万物照応"の考え方でもある。

 天の世界というものは「神」の世界に関わり、そのために天の動きは地の動きに影響を与える。神が作りたもうた物は全て神が設計したものであるから全て完璧な秩序でつながっている、という考え方なのである。

 本書の冒頭に掲げられたヘルメス文書「エメラルド版」にも次の様に書かれている。

「上にあるものは下にあるもののごとし。しかして下にあるものは上にあるもののごとし」

――天体の動きが、地上の物質に影響を与える根拠となる思想である。

 西洋の「自然はカオティックなものではなく、その背後にはシステマティックな法則が存在している」という考え方の一端がここにある。

 錬金術の目的の一つは、そういった「森羅万象を司る万能の神がこの世界を作った。だから、この世界にムダなものは一つもなく、完璧な秩序によって出来上がっているはずだ」といった一神教であるキリスト教文化特有の世界観を、物質操作の実験を通して確認する事にもあったはずなのである。

◆◆◆

 本書の面白い所は冒頭にも書いたように、実作業の材料やレシピを具体的に紹介している所であろう。

 ぼくが今まで読んだ錬金術の本は、あくまでその思想に重点を置いたものが多かったのに対して、本書はその作業手順にまで踏み込んでいる所が良い。

 これらの手順を見てみると、錬金術の実態と言うものも、微かながらに仄見えてくるように思える。

 例えば本書で紹介されている「アンジェリカ水(天使の水)」の作り方などは非常に具体的で興味深い。

 アンジェリカ水を作る作業は、前半はほぼ「植物から"植物塩"を抽出していく作業」というのが延々と続けられるのだ。

(因みに、ここでぼくは早速「植物から塩なんて取れるのか!?」と疑問に思ってしまった。植物の塩害などもあるくらいで、塩は植物を害する物質なのでは?とは思うのだが、体内に入ってきた塩を表皮に排出したり塩嚢細胞という場所に隔離する耐塩性植物もあるので、そういった植物から抽出するのかもしれない……また、錬金術でいう「塩」というのも「ある物質とある物質とを媒介する作用をする物質」という意味合いで象徴的に使われる事もあるので、物質としての塩化ナトリウムの事ではないのかもしれない)

 しかし、この塩の抽出作業と言うのは、気が遠くなりそうなほどに徹底的に同じ作業を繰り返すのである。

 蒸留とろ過、蒸留とろ過、加熱(煆焼)……これを何度も何度も繰り返して、抽出された「植物塩」が真っ白になるまで繰り返し行う。

 これはたぶん、化学的にも正しいのではないだろうか。錬金術的な考え方でも、このプロセスはとにかく物質から余計な混ざりものを除けて純粋な素材を抽出する作業と言える。

 混じりけのない純粋な物質と混じりけのない純粋な物質とを化学反応させるから実験として正しい反応が得られる。

 錬金術が西洋で化学の前段階にある技術だったというのはこういう所からも窺い知れる。

 しかし「アンジェリカ水」を得るには、これら混じりけのない「植物塩」を一晩戸外にさらす必要がある。

 一晩置いて、植物塩は部分的に液状になっている。この水分が「アンジェリカ水」なのだそうだ。

 これを塩から蒸留して「アンジェリカ水」は得られる。

 これって単なる「夜露」じゃないの?とは思うが、そこが化学と錬金術との違いなのだろう。

 錬金術では、植物から植物塩を生成する過程で利用する水は、雨水が使われる。

 雨水というのは「自然のシステムが、自然界から水分を蒸留してできた水」であると考えるわけである。

 この自然のシステムが作り出した「天からの水」を使って「地上の物質」を煮だして、その本質を抽出する。

 こういった物質を使ったプロセスは、そのまま「ヘルメス文書」の思想に合致するのである。

「力は大地から天に昇り、再び大地に降る、上にある力、下にある力を結合して。かくて、汝は天地万物の栄光を獲得せん されば、汝に曖昧物たるものなし。これぞ、すべての力からなる力。
              ――ヘルメス文書「エメラルド版」より

 天の力たる雨水によって植物から抽出した純粋な植物塩に、自然のシステムから抽出せられた水分が精製せられる。――かくて人工性を排した自然の栄光が獲得せられたり。

 塩についた夜露を「アンジェリカ水」と称する「思想性」とは、こういう事なのだ。


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