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ひとくち日記2024.10.26
朝から仕事。土曜日なので人の出が多い。一階のレジに入り、終え、お昼を食べる。
十五時半に終業。急いで帰路に着くが、道が混んでいる。慌てて方向転換し、別の道を使う。そのロスがあったからか、帰宅は十六時を少しすぎる。
ちょうど良い時間に駅前に着くバスがなくなってしまった。酒を呑むつもりだからバスを使おうと思っていたのに。仕方なく車を駅まで走らせ、コインパーキングに停める。
十七時、駅ビルに入る。アカリさんも駅ビルにいるというが、北と南に建物が分かれていて、それぞれの中にいるらしい。
エスカレーターを降りながら姿を探す。エスカレーターの前にポケットティッシュを配る男がいて、ティッシュを貰う。ポケットティッシュには籤が入っていて、開くと何かに当たったらしい。ティッシュ配りの男に景品受け渡し場まで連行され、景品のボックスのティッシュを貰う。男がティッシュを袋に入れ始めたので、
「袋いらないですよ」
と言ったら、
「盗難と見分けるために袋に入れることになってるんですよ」
と言われた。携帯料金について聞かれたが、よく分からないので「よく分からない」と言っておいた。
アカリさんから電話が来て、向こうの居場所が分かる。建物を移り、階段を降りる。階段を降りて直ぐの所に何か見覚えのある女性がいた。歩き過ぎ行く姿と同じ方向に進むと女性は振り返って、それは確かにアカリさんだった。
駅ビルの中華料理店に入る。メニューを開き、何にしようかと相談する。三五〇〇円くらいのコースがあり、「二人より」とある。二人前で三五〇〇円なのかしら、と聞いたら一人三五〇〇円だった。更に検討する。
海老の餡かけ野菜炒めと回鍋肉、春巻とビールを注文する。
ビールを注ぎ、乾杯して一口飲んだ所で、アカリさんが赤い紙袋を差し出した。数日前にあった私の誕生日のお祝いという。
何かな、何かな、と思いながら包みを解き、箱を開けると中にはガラス製のクリスマス・ツリーが入っていた。そんなつもりはなかったけれど、少しのあいだ私は固まっていたと思う。これは十月二十六日の日記なのだから。
「クリスマス・ツリー好きなんですよね」
とアカリさんは言う。
驚いた。けれど、とても嬉しい。まさか自分の誕生日プレゼントにクリスマス・ツリーを貰うなんて。とってもユニークで、面白い。面白い人だ、と思った。
「家でクリスマス・ツリーを飾る習慣ってありましたか?」とアカリさん
「全然なかったなぁ」
「じゃあ初めて家で飾るツリーですね!」
「そうなりますね!」
注文した春巻が運ばれてきた。熱い。ビールを飲み、春巻を食べている内に野菜炒めも回鍋肉も届く。小皿に相手の分を互いに取り分ける。
いろいろ話をしたはずなのだが、あまり覚えていない。気がつくと食べ物の話をしていたのを二人で可笑しがっていた。
カボチャの季節だからカボチャのポタージュが飲みたいけど、なかなか売っていない。という話をアカリさんがしていた。カボチャが好きで、その日着ていたのもカボチャ色のトップスだった。
他にマロンのカボチャのプリンがロッテのお菓子になったという話とか、隣にあるサイゼリヤの話とか。
ビールが尽きたので、何か飲み物を頼むことにした。温かいジャスミン茶なんかあれば最高だったけれど、メニューにはない。アカリさんは紹興酒を飲んだことがないということで、紹興酒のロックを一つ頼んだ。
運ばれてきた紹興酒はワイングラスに入っていた。アカリさんが一口。顔のパーツが一瞬縮こまったかと思うと、刺激を逃がすように拡散していく。目がカッと開き、真一文字に結んだ口の端が震えている。「味が濃い」という。
私も一口飲んだ。確かに紹興酒の味である。しかし以前に飲んだものより飲みやすいようでもある。そんなことを言ったら、「これで飲みやすいんですか」と絶望した顔になっていた。
「苦手なお酒って全然ないと思っていたけど、今日紹興酒は苦手だって分かりました」
アカリさんの苦手な紹興酒は、私も手伝ってなんとか完飲した。温かい紹興酒だったら香りが先に来て一口も飲めなかったかもね、と話した。
会計を済ませた。デザートは中華料理店だと高いのでサイゼリヤで食べようということになったが、土曜日の夕食時でもあり、混んでいる。少し腹ごなしに散歩をしようと建物を出た。
外は酷く寒かった。まだ秋だからとなめていた。アカリさんは秋物のコートを着ていたが、私はコートなど持ってきていなかった。
青森駅のすぐ目の前に海がある。申し訳程度の砂浜に人影はない。歩きにくい砂の上を二人で歩き、硬い港の道に上がる。「津軽海峡冬景色」の歌謡碑が青森駅の近くにあるという話だったので、それを見ることした。
磯の匂いがする。港は暗く、寒かった。港の突端まで続く車道をビカビカ光る車が賑やかな音楽を伴って通り過ぎていく。
かつては青函連絡船として使われていた八甲田丸の横を歩く。港に船を繋ぐ大きなロープを跨いだり、潜ったりする。
八甲田丸の入口付近に「津軽海峡冬景色」の歌謡碑はあった。形は竜飛岬にあったものと同じで、スイッチもある。アカリさんがスイッチを押した。お馴染みのイントロが大音量で流れ、石川さゆりが歌い始めた。一番から最後まで歌う。
さよならあなた 私は帰ります
風の音が胸をゆする
泣けとばかりに
ああ 津軽海峡冬景色
私とアカリさんと石川さゆりの三人で歌った。体が少し温かくなってきた。
歌謡碑を後にして、港の突端まで歩いた。突端の付近はベンチなどあるけれど、街灯はほとんどなく、真っ暗だった。海の先に瞬く光はどこの何の光か見当もつかない。
脇には青森駅から続く線路があった。かつては青森駅のホームと連絡船の乗り口が繋がっていたという三浦哲郎の小説を思い出した。
突端を引き返し、ベンチに置き去りにされたチューハイの缶を横目に歩く。灯りが増えたと思うと、フェリーのターミナルがある。その駐車場に賑やかな若者たちが寒さにもめげずに遊んでいた。
歌謡碑の前まで戻ると、賑やかな音楽を流す車が脇を通って八甲田丸の駐車場に止まった。音楽は絶えず流れている。「津軽海峡冬景色を聴きに来たのかな」と二人で話す。
八甲田丸の入口付近に何か不思議な入口があった。何の入口なのか分からない。試しに、と入ってみた。入口は自動ドアで、中は暗かった。サイドは窓になっていて、街の灯りだけで中は灯されていた。進み続けると分かれ道に出る。真っ直ぐ進む道は下りになっていて、元来た駅の方に続いているみたい。別の道の先には何があるのか。そちらへ進む。頭上にはベイブリッジと呼ばれる大きな橋が見える。線路を跨ぎ、出口に辿り着いた。ドアに鍵が掛かっていたらどうしよう、と思ったけれど、ドアは開け放しになっていた。人影の全くない建物は、雪が降っても良いように壁と天井を設けた歩道橋であるらしかった。廃墟を探検するような怖さと楽しさが互いの声の中に確かにあった。出口の先にはヨットの並んだ入江があった。
駅の西側に出たので、西口から駅ビルに戻ることにした。二人で先程見かけた元気な若者たちについて話しながら駅まで歩いた。
サイゼリヤに入り、白ワインとイタリアンプリン、ティラミス、トリュフアイスを注文。全てが一時にやってきて、テーブルが満たされる。トリュフアイスもティラミスも少し凍って固かったので、プリンから半分に分けて食べた。イタリアンプリンは久しぶりだったけれど、こんなに美味しかったか、と驚くほど美味しい。アカリさんも美味しさに驚いているらしい。
「めっちゃ美味しい!」と私が言うとアカリさんが頷く。
「こんなに美味しかったでしたっけ?」とアカリさん。
「なんか前に食べた時より美味しい気がする」
「なんだろう、お酒とか入ってるのかな?」
アカリさんがしげしげとプリンを覗き込み、ふっと顔を上げた。
「あ、お酒入ってるのは私か」
面白い。ワインを飲む。
次にトリュフアイス、次いでティラミスを半分に分け合って食べた。またワインを飲み、おかわりを注文する。
デザートを食べ終えた所で、アカリさんにマッチングアプリを始めたきっかけなどを聞いた。やはり周りの人間のほとんどが使っていたという。
アプリで他に会った人はいるか、と聞くと会った人はいるらしい。
大学出ということを話すと「お嬢様じゃん」と相手に言われることがあるらしい。全然そんなことないよ、と話したり、頭悪いよ、と言ったりすることがあったのだろう。
大卒のような自分を構成する要素の一つだけを取り上げて、自分を評価されることには、確かに苦しさがある。それだけが私を示すものではないし、それだけで私を判断できるものでもない。もっと確りと、率直に私を見て欲しい。そういう気持ちに同意する、と話した。
逆に織沢さんは何故アプリを始めたのか、と聞かれて、仕方なく逆ナンされて振られた話をした。恥かしい。
メッセージの遣り取りは苦手という話もしていた。返信の遅さに、そんな気はしていたので、どんどん電話に誘おうと思う。
サイゼリヤは九時で閉店。最後のバスは互いに九時十五分くらいだったので、時間まで駅の待合室のソファに座っていた。私は久しぶりのお酒でかなり酔っていた。アカリさんは顔が赤いようにも見えるけれど、あまり変わっていないようでもある。
時間になり、「また」と言って別れた。バスに乗り慣れてないので、乗車時にパスをタッチするのを忘れた。後からスマホを見たら「タッチを忘れないように」とアカリさんからメッセージが来ていた。優しい。
始発からなので金額は分かりやすいし、現金で払えば良い。
少し眠ると終点に辿り着いた。家の最寄りのバス停である。バス代が高い。
風呂に浸かり、少し痛む頭を抱えて寝床に横たわる。楽しい一日だった。