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《有料・冒頭試読》【マリーンズ略史 92~05/-67- 球団歴代2位、1089試合の強打捕手・里崎智也】


(67)球団歴代2位、1089試合の強打捕手・里崎智也

 マリーンズ低迷期の打線の特徴は勝負弱いところだった。ここ一番でヒットが出ず流れを失い,
敗れることが多かったことは、これまで何度も触れてきた。2003年、チャンスに強いバッターが頭角を現してきた。「チャンスに打席が回ると『よっしゃー』と気合が入る。だって、おいしいじゃん」。
 捕手ながら頼りになるバッティングが魅力。そして、ベンチを盛り上げる明るさもチームにとって大きかった。
 今回は里崎智也の入団からレギュラー捕手として日本一になるまでの5年間を記していきたい。

 【ケガでつまずいた2年間】

 1998年のドラフト2位で帝京大学から入団。大学時代には4試合連続本塁打のリーグタイ記録を樹立するなど、打てる捕手と期待されての入団だった。チームには5年目を迎える同じ年の橋本将がおり、切磋琢磨していくことになる。
 1年目からバッティングでは二軍で数字を残す。捕手以外にもDHとしても打席に立ち、8月まで3割を超える打率を記録する。しかし、8月に左手首を骨折。手術を受け1年目は一軍に上がることなくシーズンを終了した。それでも二軍では打率.333と捕手陣の中で唯一3割をマーク。8本塁打25打点を記録した。

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