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ワシはラーメンを食べたか?

この話は、実際にあったなんとも奇妙で摩訶不思議なラーメン屋での出来事である。

ある日の昼下がり、ここはラーメン屋。

ひとりの男が入店する。

いらっしゃいませー

ワシの名前はY田R造、御歳86才。
月に一度のラーメンが楽しみで、特にこの店の尾道ラーメンを食べるために日々の食生活に気をつけているほどだ

今日も楽しみにしている尾道ラーメンを食べに来た。
この店はとんこつラーメンがメインのお店だが、鶏ガラと鰹のダブルスープに背脂がたっぷり乗った『尾道ラーメン』がうまい。

さっそくいつもの席に座る。
おそらく、前の客の食べ終わった丼だろう、まだ片付いていない皿がテーブルに置いてあったが、まあそのうち店員が来るだろう

いつもの席でいつものラーメン。
こんな些細な事が楽しみになるとは平和なものだなと思いながら店員が来るのを待つ
この時間さえ、あの尾道ラーメンを食べるためのスパイスでしかない

ふと周りを見渡すと、他に4.5人客がいるようだ

店員はまだ来ない。

まあいい、急いでもない。そのうち来るさ


そうぼんやり考えていた、はずだったのだが
R造はなにやらボヤッとした感覚に包まれていた

一瞬まわりを見渡す

あぁ、ワシはたぶんウトウトしていた

あまりにも店員が来るのが遅すぎる。待ちくたびれてウトウトしてしまっていたあぶないあぶない

えっと?あぁ、そう、ラーメンを食べたい

しかしいくら何でも店員が遅すぎる。いつ来るんだ?
さっきの客はワシより後に来ただろう?

ワシの注文はまだか?

これはさすがに店員に言うべきである
意を決したR造は店員に問うた

「この店は後から来た客のほうが先にラーメンを食べているがどうしてだ?」

すると店員は「多少順番が前後する場合がございます」と言った

順番…? 

「ワシはまだ注文をしていないのだが」

店員「お客様はもう召し上がられてますよ」

は? 

頭が一瞬で混乱した。
ワシはラーメンを食べたと…?

いや…食べていない

食べてないよな、と自らの胃に問いかける
食べてないよな、と直前の自分の行動を思い返す

いくら何でも、さっきラーメンを食べたかどうかの記憶くらいある。
あるはずだ。

確信を持って言える、ワシはラーメンは食べてない。
まだ食べてないんだ。

「ワシはまだ食べてない」

当たり前の事を言った。実際に、ラーメンはまだ食べていない。

「いえ、お客様ラーメン食べられてますよね」


は?(二回目)

なんて? 今なんて言った?
ワシの聞き間違いか? いやおかしい、待て、そんなはずはない
ワシはラーメンは食べていない。

「ワシは、食べてないぞ…」

ちょっと待ってくれ。どういうことなんだ?
ラーメンを注文してもいないのに、ワシはラーメンを食べた…?

「なら、帳面を出して欲しい」R造はそう言った

確かにこのテーブルには伝票はない
注文して、なおかつ「食べた」と言うのなら、尾道ラーメン1と書かれた伝票があるはずである

その伝票は、このテーブルにはない

「伝票はレジにあるのでお支払をお願いします」


は?(三回目)

なんだって? 

おかしい話じゃないか?ワシはラーメンを食べていない

食べていないのに、払えと言われている。

「食べてないのに払えない」

これまた当たり前の事を言った。

「お客様は、ラーメンを召し上がられていますので、お支払をお願いします」

世界がひっくり返っている。ワシはラーメンを食べていない
店員はワシがラーメンを食べたと言う


(ワシは…本当にラーメンを食べたのだろうか…?)

信じたくない現実を目の当たりにしそうで、目がくらみそうになる

あのウトウトしていた時間…ワシは、ラーメンを食べたのか?

いやしっかりしろワシはラーメンを食べていない

そう、ラーメンは食べていない

けれど
「私がラーメンを作って持って行ったので間違いありません!」
女の店員がハッキリとこう言う

頭がクラクラするが、
そこまで言い切るなら、ワシはもうラーメンを食べたことにして店を出よう、こんな店は早く出てしまおうと思い始めていた

「上の物に伝えましたら、お代は要らないとのことで……」
つまり早く帰れということである

だが、ラーメンを…もしワシはラーメンを食べたのなら、払わずに帰るわけにはいかない。

突然自分の記憶に自信がなくなった気がした。
さっきからとんでもない事に巻き込まれている気がした

女の店員は、ワシにラーメンを作って持って行ったと言っている
伝票もレジにあると。

納得がいかないまま、ワシはラーメン代を払うことにした。

もう、ラーメンのためにごちゃごちゃとしたやりとりはしなくなかったし、何より早くここから立ち去りたい気持ちが強くなってきたのだ

「ラーメン代払うので、帰ります」

もう二度と来ることのない店、グッバイと思いながら50円引きのクーポンを使って払った。560円。

560円とこの日受けた仕打ちは死ぬまで忘れない。


ここからは後日談━━━

なぜ、あの日、消えたラーメンができたのか

店員が『作って持って行った』はずのラーメン

『まだ注文していない』ラーメン

真相は? 

疑問点は?

客観的にみた場合の一致点、不一致点は?

まず第一の疑問点、なぜ片付けていないテーブルに座ってしまったのか
そして店員を呼ばずにずっと待っていたのか

『いつもの』席に座りたかった、片付けはそのうち来るだろうと予想していた


第二の疑問点、注文しているなら、お待たせしましたと声かけがあるはずなので
いくら居眠りしていたといっても起きるはず。起こすはず。

第三の疑問点、『作って持って行った』とされるラーメンはどこに消えたのか?
食べてないのなら、テーブルに伝票と共に無いとおかしい

第四の疑問点、伝票がテーブルに無かった

推測。前の客の丼を片付けてない席に座り、店員を呼ぶこともしなかったので
店員はラーメンを運んだと勘違いした


「ワシはラーメンを食べたか?」


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