恋は指先から失恋は瞳から
付き合う前のあのなんとも言えない空気感が好きでした。
付かず離れずの距離感で、今にもお互いの額がくっつきそうになるあの瞬間が好きでした。
目を合わせられていることに気づいていても、ワタシは彼の指先に視線を落として、少しだけ触れようとしてみるのです。
けれども臆病なワタシは、手を繋ぐなんてそんな勇気ある行動ができなくて、そのままこぶしを握るようにキュッと力を手の平に込めようとした時、彼はそっとワタシのこぶしを解くように手に触れて、距離を縮めてきました。
いつもそうでした。
恋が始まるのは、指先からだったことを・・・。
キュッと握ったこぶしを優しく振り解いた瞬間にいつもワタシは恋に落ちるのです。
けれども、どの恋もワタシの心を掴んだまま地面に叩きつけるようなものばかりでした。
優しく振り解いてくれた指先は、もうとっくの昔に誰かのものになっていたのだから。
付かず離れずの距離を保った額も、誰かのおでこにキスをするようにピタリとくっつけて、見つめあって愛を育みあっていたのだから。
目線を合わせず指先ばかりを見ていたワタシには振り向きもせず、彼らはワタシの前から消えていきました。
今までの恋は、自分から手を繋ぐこともできませんでした。
ただちょっとだけ指先に触れるようなことはしたけれど、それでも繋ぐまでの勇気が足りませんでした。
だから横並びに歩く友だちみたいな感じになりながら、私たちなりの幸せを見つけていたつもりでした。
「手を繋ぎたい」そう一言言えていたら、もう少し彼らの指先に触れられていたかもしれません。
「もう少し近寄りたい」そう言えていたら、何かが変わっていたかもしれません。
側から見たら「友だち以上恋人未満」みたいな歩幅で歩く私たちをカップルだとは思わなかったでしょう。けれども、ずっとワタシの瞳には彼らの姿が映っていたはずなのに。
彼らの瞳にはワタシではなく、ある日突然、別の誰かが映ってしまうのです。
そして別れが近づいてくると、彼らは出会った頃のワタシのようにキュッとこぶしを握りながら、ワタシの指先ばかりを見ていたような気がします。
もう遅いことはわかっていたけれど、ワタシは彼たちの瞳の中に映り込みたくて、必死で目線を合わせようとしていました。
けれどももう、彼らの中にワタシが映り込むスキマなんてなくなっていたのです。
付き合う前のようにこぶしを解こうと手に触れても、冬の冷たさが心の冷たさを表しているかのように冷たく、強く、こぶしは握られたままでした。
だからもう、頑張ることも「もう一度ワタシを見てよ」とすがることも諦めて、そっと自分の指先へと瞳の視線を落とすことしかできなくなってしまったのです。
彼らの心の中にはもう、ワタシはいない。
そうわかりきっていたから・・・。
恋の始まりはいつもワクワクして、指先に触れる瞬間にときめきを覚えるものです。
けれども失恋の始まりは氷のように冷たくなった指先に触れることをやめて、まるで違う人を見ている彼らの瞳を避けるように、自分の指先を見つめるしかないのです。
どれだけ経験を重ねたとしても、どれだけ彼らのことを思い出そうとしても、指先に残る冷たい視線を忘れることができません。
それはきっと冬が訪れるたびに、思い出してしまのでしょう。
ワタシの恋の始まりと、失恋の思い出が消えない限り・・・。