『父さんはどうしてヒトラーに投票したの?』 文:ディディエ・デニンクス 絵:PEF 訳:湯川順夫、戦争ホーキの会 エルくらぶ 2019年

ナチ党がドイツの第一党になって戦争がはじまり降伏するまでに起きた悲惨な出来事を、架空の街に住む架空のドイツ人一家を通して追体験する絵本。

1933年3月5日日曜日、主人公の父親と母親が、国会選挙の投票先について言い争うシーンからこの絵本は始まる。ヒトラーはすべての人に仕事をあたえ、祖国を誇りに思わせてくれる、ドイツの救世主だと父親は主張する。
母親は自分の考えで投票すると夫に言い返し、6歳の息子に選挙の仕組みを教える。この国の大人は性別に関係なく投票をし、これからの数年間、国の大事な法律を決める国会議員を選ぶのだ。

この日、投票した人のほぼ二人に一人がヒトラーを選んだ。その夜のヒトラーは勝利宣言で、ドイツのため、困窮に耐える従順な国民になるよう市民に呼び掛けた。

マイノリティへの憎しみと、権力が保護する暴力組織への恐怖によって、ヒトラーのための秩序がドイツ中に広まった。「ドイツにふさわしくない精神」をもたらすとされた書物は、組織的に公然と破棄され火を放たれた。ヒトラーに反対する市民は、排除、投獄、拷問され、強制収容所などで抹殺された。民主主義は暴力によって踏みにじられた。

まず、人々が共通して持つ不安に付け込んで、すべての苦難に責任のある「罪人」をつくる。そうして見える敵を作り、その敵を名指しして侮辱し、攻撃し、少しずつその自由を制限して迫害する。「敵に立ち向かう救世主」を人々に見せ、支持を集め権力を握る。これがナチス・ドイツの根幹にある思想だった。

戦争によって領土を広げることもヒトラーの公約のひとつだった。1933年3月5日にナチ党へ投票した人もしなかった人も、男性であれば戦争か収容所へ送られた。軍事拡張と並行して、ナチス・ドイツが「劣っている」と判断したすべての人々の絶滅政策が推進された。役に立たない社会の重荷とみなされた人々の多くが、収容所へ連れていかれ犠牲となった。

「ねえ、父さん、父さんはどうしてヒトラーに投票したの?」p.39

瓦礫の街で主人公の少年が父親に向けたこの問いは、過去のドイツに対する問いではなく、未来の日本への問いだ。
私たちは未来の私たちのために、自由と人の尊厳や人権を憎む人達を、権力の座から遠ざけられるだろうか?

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