バーチャルさんは見ていた4 ~「委員長ショック」。そのとき歴史が動いた~

 みんな、月ノ美兎委員長は知っているかな? 
 みと委員長。またはその特殊なセンスからサブカルクソムカデ委員長ともいうんだけれど、彼女はもともと他のVtuberと比べても抜群の存在感を持っていた。
 実際『バーチャルさんはみている』でもその活躍は素晴らしい。
 おそらく、Vtuberという枠を超えて、芸人、タレントとしてもかなりの素質を持っているだろう。

 けれど。そう・・・けれどなんだ。
 彼女の出現から、現在に至るまでのVtuber界を振り返ると、その功績と、そして彼女の与えた影響はとてつもなく大きい。
 それはVtuberというもののあり方そのものを変えてしまったといっても過言ではない。
 しかし、それがもたらしたのは業界にとって幸運だけだったのか。
 今回はそのことについて考えてみようと思う。

 前の説明の中で「Vtuberはもともとお金のかかるもの」という結論を出したのは覚えているかな。
 それは3Dモデルを用意し、専用の機材やスタッフを準備する必要があるから・・・というのが理由なんだけれど、それならもちろん今のようにVtuberが爆発的に増えるわけがない。
 もちろん個人でやる分には話が違ってくる。
 趣味の範囲でモデルを作って、機材も最低限の範囲でそろえればいいわけだから。
 しかし、そうした個人Vtuberの運営を企業やったとしてもそれほどの旨味があるかは正直微妙だと思われただろう。
 あまり出来のいいモデルでもなく、中の人もキズナアイやアカリのように準備したものでないと、そんなに視聴者も見てくれないだろうからね。
 うん。そう考えるのが、本来であれば自然だったんだ。彼女が出現するまでは。

 月ノ美兎委員長が活動を開始したのは2018年の2月。まさにVtuberバブルが最高潮に達しようという時期にあたる。
 当時、シロやアカリのような人気Vtuberの生放送には視聴者が殺到していたし、それだけに新しく参戦するVtuberがいれば自然と期待も高まる状況だった。
 そう思うと極めて時期には恵まれていたといえるね。
 けれど、委員長たちが所属する「にじさんじ」はそれまでに視聴者が見てきた企業系のVtuberたちとは大きく異なり。

 ・そもそも3Dモデルがない
 ・イラストが動くだけの簡単な仕組み

 ということもあって、はじまった当初の評価はそれほど芳しいものではなかったんだ。
 それこそニコニコでは。

 「ただキャラが動くだけの紙芝居」

 という厳しいコメントもあったくらいだからね。
 ところが委員長はこうした事前の評価をまったく覆してしまった。
 まず、初回の放送で委員長が何をやらかしたかについてはニコニコ大百科にまとめがあるし、本人も「10分で分かる月ノ美兎」という動画を上げているからそちらを見るのを強くおすすめしたい。まあ、ごく簡単にいえば。

 ・まったく隠せていない中の人の年齢
 ・ヨーロッパ企画のゲームを配信するという独特のセンス
 ・「これがバーチャルユーチューバーなんだよなあ」という名言をいきなり生み出すポテンシャル

 10分で分かる月ノ美兎【にじさんじ公式】 https://youtu.be/03H1qSot9_s 

 と、当初のキャラ設定にあった「清楚な委員長キャラ」を全力で破壊していくスタイルが早速ネットでブレイクすることとなった。
 いわゆる「やべーやつ」だね。
 このため「イロモノ」だと思われていた他のにじさんじメンバーの生放送にも多数の視聴者が集まり、そこからわずかの期間の間に「にじさんじ」は人気Vtuber企業の一角を占めるまでに成長する。

 こうして一般的になった「にじさんじスタイル」ともいうべきVtuberの特徴をもう少し詳しく見ておくと。

 ・キャラクターモデルはほぼイラスト数枚を動かすのみ
 ・単発の動画はあまり出さず1時間程度の生放送が主体
 ・動画編集などは配信者個人が行う
 
 というもので、シロやアカリのような企業が「運営する」スタイルではなく、あくまで企業に所属はしていても、個人での活動部分が大きいため、企業にはあまり負担がかからないですむ、という利点があった。

 ようするにキャラや機材の一部は貸すといっても、企業はほとんど活動に関与しないですむわけだからね。

 そしてこれを定着させたのがあまり数が多くなかった生放送を積極的に行うという試みと、やはり「看板」になっていた委員長のセンスだろう。
 この頃から彼女は確かに「何か」を持っていた。
 twitterやニコニコ動画で注目されはじめた2月20日。この日の生放送で委員長がプレイしたのがヨーロッパ企画の「ステレオタイプボーイズラブ」。
 後に伝説になる回なんだけれど、実はこの生放送、序盤は割とグダっていたんだよね。
 リアルタイムで視聴していたけれど、最初にやる予定だった「アウトラスト」が上手くできないために、視聴者も少し減りはじめていたし。
 ところが最後の最後でプレイした「ステレオタイプボーイズラブ」で奇跡が起きた。
 全年齢向けのゲームかと思いきや、突然はじまった濃厚な男同士のプレイシーン。そのとき委員長は。

 「やばい、BANされるBANされる! ふざけんな、ほんとふざけんな」

 と慌ててつつも、自分のアバターを巨大化させるという適切な対処をとりつつ。

 「私で隠さなきゃ!」

 という、あの名言を生んだんだ。
 このとき、おそらく見ていた多くの視聴者は確信しただろう。
 
 「こいつは大物になる」

 と。
 そこからの委員長の躍進はみんなも知っている通りだ。
 開始一か月でチャンネル登録者数は5万人を突破。3月末には13万人を超え、一躍人気Vtuberとなった。

 この「委員長ショック」とでもいうべき現象は、従来のVtuberのあり方に革命をもたらすことになる。
 
 「そもそもVtuberってなんだろう?」
 「Youtuberのアニメーション化?」
 「歌って踊れてゲームができる?」

 これらの問いかけはもはや無意味だったといっていい。
 そう。「Vtuberも結局は一人のタレントである」という結論へと動き出したんだ。

 今のほとんどのVtuberを見ていても「ただゲームを実況したり、雑談をするだけなら、お金のかかる3Dモデルをわざわざ用意する必要なんてないんじゃない」と思うことがあるよね。
 だとしたら、まさにそれこそが委員長によってもたらされた価値観だということになる。
 事実、ここからVtuberのあり方は大きく変わっていった。

 「アップランド」、「ホロライブ」などは次々に「にじさんじ」と同じモデルを採用。

 4月には電脳少女シロの後輩として、アップランドのグループユニット「アイドル部」が活動を開始。5月にはホロライブから白上フブキ、赤井はあと等が次々デビューすることとなる。

 これらはみんなにじさんじに近い、イラストをソフトで動かすという方法を使っていた。

 そしてここから現在にいたる「Vtuber戦国時代」が開始されることとなるんだ。

 もっとも、今にして思えば、こうしたVtuberの乱立は結局「月ノ美兎委員長に続く人材を発掘しよう」という魂胆が企業側のどこかにあったように思えてならないんだけれど。
 

 「単純なシステムでも、中の人のセンスが群を抜いていればスターは生まれる」

 という考え方は、間違っていないとはいえ、ガンダムでいえば「わざわざ性能のいい機体を作るより、量産機に次々に新兵を乗せていけば、いずれニュータイプや強い兵士が生まれるかもしれない」という発想に近い。

 しかし、これはシロやアカリ、キズナアイが目指していたものとはもはや性質が違うともいえる。
 そもそもなぜ彼女たちのように出来のいい3Dのモデルが必要なのか。
 それは単に。

 「雑談や実況配信をするため」

 ではなく。

 「ダンスやプロモーション動画の作成、さらにはイベント出演などを最初から意図しているため」

 同じ「タレント」であっても、こちらは「アイドル」を目指していたようなものだからね。

 しかしこうした高度な3Dモデルを必要とするVtuberは「生放送が主流」というにじさんじスタイルとはどうしても相性が悪い。
 モデルがしっかりしていればそれだけ生放送を行うにしても設備や準備も必要になるからね。

 結果、現在のVtuber界の情勢に繋がる、二つのスタイルがここから生まれることになった。

 ・ひとつは最初から企業が本命にしてモデルを準備し、中の人も選んだ上でデビューさせている、いうなら「本命型」。

 ・もうひとつが委員長以降に見られるようになった、視聴者登録数などの人気に応じて3Dモデルを用意する「育成型」。

 「アイドル部」なんかはちょうどこの中間に位置しているように思うんだけれど、3D化してからは前者に近づきつつある。テレビ出演も増えたしね。
 
 とはいえ、これはどちらの方が成功しやすいというものではないんだけれど、ただ急激にVtuberの数が増えてしまった結果、返って競争が過熱化し「本命型」との間にある「壁」を崩しにくくなってきたともいえる。

 また、多くのVtuberが連日のように生放送を行っている結果、どうしても新規の視聴者には入り難い世界になってしまった感があるのも否めない。

 さて、こうして振り返ってみると、そもそも委員長を「モデルケース」にしたのが無謀だったんじゃないかと思うところもあるんだ。

 今回の最初のところで書いたように。そもそも委員長はこのところラジオ番組にも出演したり、割と「メジャーな存在」になりつつある。それと同時に。

 「委員長って、別に3Dのモデルとかなくても中身だけで十分面白いよな」

 というVtuberにとってプラスなのかマイナスなのかよくわからない、本来の才能が開花しつつある。
 このあたり、彼女はおそらく「もともとタレント向きで、それがVtuberという形で開花した」というだけで、おそらく数千人に一人、数万人に一人の稀有なセンスを持っていたというのが本当だろう。

 実際、今初期の委員長の動画を見ると、とにかくゲームに対するツッコミが強い。あれだけ言葉がポンポン出てくる人はそういないよ。
 
 ただ、問題はこうした才能は基本的にはその人独自の感性ともいうべきものだから、模倣の対象にはならない。
 
 先日、生放送をしていたあるVtuberが「自分は他と比べて器用貧乏なんじゃないか」といっていたけれど、もともとVtuberに限らず、人類の8割はそんなもので、人並み以上の才能、しかもそれだけで人気を得られるような卓越したものを持ち合わせている人間なんて数十人に一人もいないと考えた方がいいんだろうね。

 だからこそ委員長は成功例ではあっても、モデルケースにはならないと割り切る必要があるだろう。
 
 「委員長ショック」はこの他にもある。
 
 まず、人気を見る指標として、チャンネル登録者数に加えて「生放送の視聴者数」という新たな指標が登場するようになったことだね。
 これはとくに「実際にそのVtuberの生放送に来るアクティブユーザーがどの程度いるのか」を見る上でも今は重要なポイントになりつつある。
 また、他のVtuberとの「コラボ」が比較的やりやすくなったのもにじさんじスタイルの恩恵だといえる。
 こうした委員長、「にじさんじ」の遺産はおそらく今後も長く残り続けるはずだ。

 前に委員長が。

 「いつか『そういえば月ノ美兎っていうのがいたなあ』って思い出してもらえるような存在になれたらいい」

 というようなことをいっていた記憶があるけれど、彼女の願いの通り、これから先Vtuberのトレンドがどれだけ変わったとしても、彼女の存在はネットの片隅にいつまでも雑草のように残っていくはずだよ。

 さあ、委員長について語り終わったところで、次回からはいよいよVtuber戦国時代だ。
 これからの時代Vtuberは何を武器に生き残るのか。また理想的な中の人(たましい)とは何か。そのあたりをこれまでのVtuber界の変遷を踏まえながら考えてみようと思う。

 ではまた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?