賃金について考えてみよう。 ―その1 日本の生産性はなぜ上がらないのか?―

※これは架空のインタビューです

アナウンサー「みなさまこんばんわ。本日は『日本の賃金はなぜ上がらないのか』というテーマにつきまして、バーチャルyoutuber評論家のオ・リーベさんにお話をうかがってみたいと思います」

オ・リーベ「よろしくお願いします」

アナ「早速ですが、オ・リーベさん。日本の賃金の伸びは世界でも低いとされていますが、こうした傾向は今後も続いていくと思われますか?」

オ「それはとても難しい質問です。専門外である私がいうのもなんですが、まず単純に労働者の平均賃金が今後上昇していくかどうかという話なのか、あるいはこれまでの欧州主要国のようにある程度高い水準で賃金が伸びていくのか、という部分でまず異なる問題だろうと思います。
 実際、私もこうした賃金の問題に関する記事などをいくつか読んでみましたが、その多くはみんなどこか問題の扱いが部分的に過ぎるのではないかという印象を受けました。
 それは結局、こうした議論の論点がどこにあるのかが明確になっていないためだと思うのです」

アナ「論点が明確になっていないというのはどういうことでしょうか」

オ「論点がなぜ明確になっていないのか。ひとつは経済の市場そのものに関する問題です。日本と比較したときに、例えばアメリカや中国は国土も広大であり、人口、市場規模ともに日本を大きく上回っています。一方ドイツや、フランスはEUという大きな枠組みの中で経済活動をしている、という点で日本とは大きく状況が異なっています。ようするにいずれも直結している市場そのものの規模が日本よりも大きいのです。また、シンガポールや香港などは国際金融の中心として小国ながら多くの金銭を世界中から集めるのに成功しています。
 ようするにこれらの国と比べたときに日本は市場そのものの規模が単独では小さく、またシンガポールや香港とも比較がし難いのです。
 そのためこうした観点から日本経済を論ずるとすれば、必然的に日本は今後より日本が海外の市場を拡大していくためにどうするべきか、また海外からの投資を呼び込むにはどうするべきか、といった議論に向かうしかありません。
 一方、賃金の問題に関していえば、これは日本という国が置かれている経済、人口構造の変化などが主要なテーマとなります。
 この両者は一見すれば近い関係にあるようですが、実はまったく異なる問題なのです。
 もし、前者を中心に論ずるのであれば、例えばWEF(世界経済フォーラム)やIMD(国際経営開発研究所)の公表している競争力ランキングなどをもとに、日本経済の弱いと指摘されている点、法整備がなされていない点を論じた方がより具体的な方向性が見えてくるでしょう。

参考:三菱総合研究所

IMD「世界競争力年鑑」からみる日本の競争力 第1回 IMD「世界競争力年鑑」とは何か?
https://www.mri.co.jp/opinion/column/trend/trend_20180802.html

IMD「世界競争力年鑑」からみる日本の競争力 第2回 日本の競争力の弱点はどこにあるか?分野別に見た日本の競争力
https://www.mri.co.jp/opinion/column/trend/trend_20180911.html

IMD「世界競争力年鑑」からみる日本の競争力 第3回 日本の競争力向上に向けて
https://www.mri.co.jp/opinion/column/trend/trend_20180919.html

 もっとも、こうした指摘の多くはあくまで企業経営者サイドのものですし、こうした指摘が今すぐに日本社会のシステムを変更することができるかどうかは別に議論が必要になるでしょう。
 後で詳しくお話しすることになると思いますが、日本人はただ企業だけではなく、それぞれの集団、組織の利害、慣習などを重んじる傾向があるからです。
 ですが、こうした指摘が重要なのは事実かと思います。とはいえ残念ながらこうした調査は毎年『日本が今年はランキングで何位だったか』という部分だけが話題になり、具体的な指摘の中身についてはあまり話題にならないのが残念ではあるのですが」

アナ「そうしたランキングで日本が低い評価を受けている理由は主になんだと思われますか?」

オ「まず、これはよくいわれることですが、ひとつには労働生産性の低さが大きいと思われます。労働の生産性とは単純にいって一つの製品が提供されるまでにどれだけの労働者が関り、そこにどれだけの時間が費やされ、製品からどのくらいの利益が得られたか、という数字を算出したものです。

参考

主要産業の労働生産性水準
https://www.jpc-net.jp/jamp/data/JAMP03.pdf

産業別労働生産性水準(2015 年)の国際比較
https://www.jpc-net.jp/study/sd7_sum.pdf

本気で考える、日本の労働生産性はなぜ万年ビリなのか?
https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2019/04/post-69_1.php


 つまり日本は労働者一人当たりの労働量、人員の数に対して、利益が他の先進国に比べ低い水準にあるというわけです。
 ですからここに挙げた記事の筆者(『本気で考える、日本の労働生産性はなぜ万年ビリなのか?』)は、日本は今後アメリカのように内需経済を拡大させるか、さもなければドイツのように生産性の低い製造業からの撤退を視野に入れ先端分野に力を注いだ上で英語教育をさらに推進するなどしてグローバル化を目指すべきだとしていますが、まあこうした意見はほぼIMDの分析レポートなどとも一致した結論であるといえるでしょう」

アナ「それが国際競争力の弱さということですか?」

オ「そういうことになります。しかし、実はここにはあるジレンマもまた存在しているのです」

アナ「ジレンマ、というのは」

オ「まず産業構造の問題です。そして日本人がそうした構造の改革を望んでいるのかということです。
 例えば先ほどの記事の印象として、日本はとくに製造業の効率が悪いのだと感じる方は多いと思いますが、実際にはすべての製造業がそうだというわけではないのです。

参考:第2節 中小企業の生産性の現状
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H28/h28/html/b1_3_2_1.html

第3章 中小企業の労働生産性
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H30/h30/html/b1_3_1_1.html

これを見てもわかるように、大企業の生産性はけして低いわけではありません。一方、中小企業は概ね大企業の半分程度の生産性しかない、ということがわかります。
 つまり効率化を進めるということは、大企業に改革を求めてるのではなく、むしろこうした生産性の低い中小企業をどうしていくか、というテーマになってしまうわけです。
 OECDも中小企業の生産性を改善していくためにはよりスキルや、イノベーションが必要であると提言していますが、現実的にはそうした効率化に対応できる企業がどれだけあるか、という点では疑問があります。中小企業の生産性が今後こうした改革を行ったとしても急速に伸びるかはわからない、としかいいようがないのです」
 
 中小企業は雇用の伸びを牽引しているが、賃金を増やし生産性を高めるためにはスキル、イノベーション、テクノロジーへの投資を強化する必要がある
 https://www.oecd.org/tokyo/newsroom/smes-are-driving-job-growth-but-need-higher-investment-in-skills-innovation-and-tech-to-boost-wages-and-productivity-japanese-version.htm

アナ「中小企業についてはわかりました。製造業以外の分野はどうなのでしょう」

オ「それも難しい質問ですが、日本の場合生産性が低いと指摘されている産業のほとんどはサービス業です。
 ですが、それは裏を返せば消費者にとっては比較的に安い価格でサービスが提供されているという側面も少なからずあるわけですし、またサービス業に分類されている業種が非常に雑多であり、実際には画一の評価が難しいという指摘もあります。

サービス産業の生産性は本当に低いのか?
https://www.rieti.go.jp/jp/publications/rd/025.html
 
 例えば外食産業の場合、普段日常的にサラリーマンなどに利用されている牛丼チェーンや、低価格設定のファミレスなどを想像してみてください。
 こうしたチェーン店は長年サラリーマンや一般家庭にとっては強い味方でした。
 しかし、生産性という面から見ると本来こうした低価格帯の商品を売りにし、大手企業が競争した状態で一定のサービスの水準を維持するというやり方はあまり効率的とはいえないのです。
 まず、商品そのものが低価格帯の水準に抑えられているため、簡単に販売価格を上げることができません。
 結果、労働力をアルバイト、パートに頼らざるを得なくなりますが、その数が増えれば企業にとっては負担になってきます。そのためできるだけ少ない人数の従業員で店舗を回すと同時に、一定のサービスを提供しなくてはならなくなります。
 ですが昨今は外食産業の人手不足が問題になっているように、こうした構造の維持は徐々に難しくなっているのは間違いありません。それはどこかにしわ寄せがくるからです。
 ようするに生産性の向上というのは、消費者にとっては『提供されるサービスの低下』(価格の上昇、セルフ化)に繋がるという側面もあるわけです。
 現在多くの企業はこの間で揺れている状態にあります。
 スーパーなどではこのところセルフレジの導入が進んでいますが、そうした取り組みも人手不足への対応と同時に、提供するサービスの低下を最小限に食い止めるためのひとつの方法であるといえるでしょう」

アナ「大切なのは消費者と企業、そして労働者の間でのバランスということですか」

オ「消費者は労働者であり、またときに生産者にもなるというのを忘れるべきではないでしょう。その上で賃金の上昇と、サービスの低下(価格の変化)など、金銭の動きがどのように変化していくかを冷静に見ながら、国際化、市場の開拓、効率化を同時に考えなくてはいけない。今はそういう時代であるということです」


※今回はここまでに

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