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告白 #02

 エビ、なす、さつまいも、かぼちゃ、しいたけ、れんこん、ちくわ……きつね色の衣をまとった揚げたての天ぷらが、ステンレスのバッドに並んでいく。薄く覆われた衣が食材の存在を引き立て、なすとさつまいもは紫色に、エビは橙色に、しいたけは焦茶色に、その明るさが増している。
 「お母さん、天ぷら揚げるのうまいよね」
 美蘭はさつまいもを一切れつまみ、口に入れる。
 「こらミカ、座って食べなさいよ」
 「揚げたてが、おいしいんだもん」
 「天ぷらはね、衣を作るときの温度がポイント。薄力粉と卵に合わせる時の水は、冷たいものを使う。で、保つ」
 母は、ダマの残った天ぷら液の入ったボウルを美蘭に見せようと、持ち上げる。ボウルは二枚重ねられていて、ボウルとボウルの間に氷水が入っていた。天ぷら液は、ダマが残るぐらいがちょうどいいらしい。
 「ミカ、そっちのお皿じゃなくて、このあいだ買った藍色のお皿がいいな。あと冷蔵庫にチンゲンサイのナムルができてるから、盛りつけて」
 次々に天ぷらを揚げていきながら、母がせわしなく指示する。母の、家族へ少しでも美味しい食事を提供しようとする姿勢はすごいよなと美蘭は感心する。
 テキパキと動く母の姿は父には見えないのか、キッチンから一番遠いダイニングテーブルの椅子に座り、NHKのニュースを眺めながらビールを愛しむように飲んでいる。
 美蘭は、空になりそうな父のグラスを手に取り、傾けてビールを注ぐ。父の顔はテレビのほうから動かない。
「ミカ、おとうさんにキムチ出してあげて。カクテキもあるのよ」
 母の朗らかな声が飛んでくる。
 美蘭は冷蔵庫からホーロー製のタッパーを取り出し、白菜と大根のキムチをそれぞれ小鉢に移し、父の前に並べた。
「おう」
 父の目線はテレビのままだ。(おう、じゃなくて、ありがとうでしょ)喉までことばが上がってくるが、出さない。美蘭は父親に対して、攻撃的な態度を一度も表したことがない。
 天ぷらとナムルを盛りつけながら、美蘭は母へ聞く。
「今夜、和也は遅いの?」
「うん、教習所に行ってから帰るって」
 大学一年の弟は、この秋から自動車教習所に通い始めていた。友人たちは同じ教習所に通ったり、夏休みの合宿免許所を選んでいたが、和也は一人で川崎のほうへ通っている。美蘭も卒業したところだった。和也もわざわざ、遠くを選んだのだろう。
 教習所に申請する書類には戸籍上の名前が必要になり、卒業する際に手渡される免許証には、韓国名が記載される。
 美蘭の免許証は、星山美蘭ではなく、尹美蘭だ。    
 母がすでに用意してくれていた大根おろしを、四つの器に分ける。そのうちの三つに天つゆを注ぎ、和也の分を冷蔵庫に閉まった。
「お父さん、もうビールはいいですか?ごはんよそいますか?」
 美蘭が父に聞くと、「おう」と返ってきた。父の茶碗に、いつもの量をよそい手渡す。
「お母さんは自分でやるからいいよ」
 みそ汁を父に渡しながら、母が先に食べるよう促した。
「今日のみそ汁は『きょうの料理』のレシピなの。ひき肉とえのきだけのうまみで、出汁がいらないんだって」
 父に伝えたのか、娘に伝えたのかわからない調子で母が話す。美蘭は、母、自分の順にごはんをよそい、テーブルに並べた。
 天ぷら、ちんげん菜のナムル、キムチ、みそ汁、白いごはんが食卓を彩る。
 これがわが家の定番だった。
 この日は二種類のキムチだが、白菜のキムチの器と、きゅうりとなすのぬか漬けの器が隣り合わせになることは日常だった。
 「韓国人の舌はこんなもんなんだけど」
 ヤンくんの、不思議そうな顔がまぶたの裏に焼きついていた。
 あの顔を、美蘭は自分こそしたかったよと心の中でつぶやく。目の前の家庭料理は、何人の舌、ということになるのだろうか?


#創作大賞2024 #漫画原作部門 #女性漫画

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