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読み切り

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読み切りの掌編、短編をまとめています。
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わたしの恥 _短編小説

拝啓 お母さん。  40年かかってしまった。ほんとうの恥を知るのに。ほんとうの恥を、やっと知りました。  全身が赤くなって消えたくなる。なんて形容はなまぬるい。周囲の目が気になって、うつむいて、小さくなっていたものは恥でもなんでもなかった。身をひそめて怯える必要なんて、なかった。  日本には、「恥を知れ!」だとか、「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」だとかの言葉があるよね。  「それは、恥ずかしい言動です」と、恥ずかしがることをいろんな方向から強いてくる。第三者からの目線で恥

晴れない春を抱えたまま <読み切り小説>

 まぶたと眼球の間を、羽虫がせわしなく動き回る。鼻腔にも数匹が迷い込んで、飛び回る。定位置にあるはずの目と鼻が、定まらない。  頭全体がぼーっとする。不快で、わずらわしい。  きた、マスクをつけていてもなのか。  空気の冷たさはまだ冬のそれなのに、からだの異変で、春の訪れを感知する。  ん? 違うな。そもそも季節はずっとずっと前からそのままあって、冬とか春とか、あとからやってきた人類が、言葉を授けた。名前があるから、季節にも、明確な境界があるような気がしているだけ。  ゆった

影からの風景

 わたしは、美しくなかった。おまけに、太ってもいた。  わたしは隠れるように、兄の後ろをついて回った。兄は、サッカーがうまい。兄の周囲には老若男女いつも人がいる。親戚も近所の人も、呼吸をするように、兄をほめた。  男前、という言葉を兄を通して知った。兄の好物は牛乳で、毎晩のお風呂上がりに飲む。兄が「牛乳ちょうだい」と言えば、わたしは嬉々として、当然のことのように兄のコップに注いだ。  わたしは、中学でバスケットボールチームに入った。レギュラーになった。近畿大会に出た。自然とや