【掌編】頑張れ!遠山月子!
出た。智美の十八番。
二人一組の教室内は、私の隣だけ空席。
*****
「ダンボールクラフト教室って楽しそうじゃない?」
智美から誘われたのは2週間前。
「月子もさ、たまには外に出ようよ。平日は会社と自宅の往復、土日は引きこもりでしょ」
全力で仕事したらクタクタに決まってる。土日は家で読書と小説執筆。好きなことをしてる。
「月子もひとりだったら嫌だろうけど、これ二人一組だからさ。私と一緒なら寂しくないじゃん?」
私に気遣うのを装って、自分に都合の良い人間を求めているのが伝わってくる。ま、縁を切れない私もダメだけど。
*****
講師に声を掛けられる。
「おはようございます。ペアの方は…?」
「体調不良で来られなくて」
「そうですか……困ったな……ちょっと事務局に相談してきます」
5分後。
「お待たせしました。確認しましたが、事務局で手が空いている方がいなくて…」
「お気遣いありがとうございます。そしたら私」
講師は私を遮って、隣のペアに声を掛けた。
「すみません。こちらの遠山さんという方がペアがいなくて……申し訳ないんですが、入れて頂いてもいいですか?」
ありえん。
「まあ、私たちで良ければ……」と答えてくれた隣のペアの顔には、ハッキリと迷惑ですと書いてある。
「ありがとうございます!遠山さん、親切な方がお隣で良かったですね!」
手柄を取ったような顔。
「いえ、私帰ります」
「え…」
「ご迷惑おかけしたくないので」
「でも、今快諾頂きましたし……」
どこが快諾?
隣のペア、ホッとした表情してる。
「お気遣いには感謝しますが、元々は友人が来たいと言い出して、私は付き添いでしたから。友人が元気な時にまた来ます。ありがとうございました」
精一杯の早口。誰のレスも受け付けないオーラ全開で、私は教室を出た。
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かわいくない。あそこで愛想よく、すみませーん!よろしくお願いしまーす☆と仲間に入れてもらう生き方が、きっと世の中の正解。そんな人が、素敵なパートナーに出会えて、友だちも沢山いて、会社でも出世する。
かわいくない。こんなんじゃ好かれない。
自分が一番わかっている。
曲げられない。
遠山月子を曲げたくない。
!
あれ?出口に向かっていたはずが…変なとこに…
「紙飛行機教室にご参加、の方ですか?」
違います。
「あ、そうですか…」
この人、横浜流星に雰囲気が似ている。好きな俳優。本物より背は低いけど、優しそう。
気が付いたら、私は余計なことを喋っていた。
「ダンボールクラフト教室で、ペアの友達が来られなくなって。今から帰るところなんです」
「あ、それは残念ですね…」
本当に残念そうな顔の流星。好感度アーップ。私は喋らない分、観察している。建前はすぐわかる。
「考え事してたら、出口じゃない方向に来ちゃって。すみません」
「いえいえ……あの、良かったら、紙飛行機教室、寄っていかれませんか?」
戸惑い顔で、心は躍る遠山月子。
「紙飛行機なら、おひとりでも楽しめます!僕がマンツーマンで教えます!」
都合良すぎ展開。ドッキリじゃないよな。
「……じゃあ、少しだけやってみようかな。帰ってもやることないし」
またかわいくない返事。参加したいです!って、なぜ素直に言えないかな、遠山月子。
「ありがとうございます!僕は川崎といいます」
横浜じゃないのかよ。そして川崎かよ。ま、君が茅ヶ崎だろうが藤沢だろうが、私の心の中では流星って呼ぶ。
「私は遠山といいます。よろしくお願いします」
赤の他人とダンボール捏ねくりまわすより、流星と紙飛行機デートする方が100万倍楽しい。生きててよかった。
******
「最後に羽を広げて…」
「…こうですか?」
「ばっちりです!完成です!」
「やったー」
「やりましたね!」
今のやったーは、遠山月子にしてはかなり頑張ったぞ。ま、かわいい…とまではいかないか。
「じゃ、デザインしましょう」
「え?」
「好きな色を付けたり、絵を描いてみましょう!」
ノリノリやんか、流星。
ま、デザインは嫌いじゃないよ。
私は目の前のクレパスから、イエローをむんずと掴むと、一心不乱に描いた。
「これは…流れ星ですか!」
「はい。流星が好きなので」
遠山月子、人生初の匂わせ達成。
いや、気づくわけないし。
「夜空に飛ばしたら映えそうです!…あ、僕も良いこと思いつきました」
今度は流星がクレパスのイエローを掴む。
「出来ました!」
…ちょい待ち。
「月、ですか」
「はい笑」
流星の方が露骨な匂わせやないかい!いや、でも私、下の名前伝えてない…
「遠山さんが作った流星号と一緒に飛ばすんです」
なん…だと…
「星の近くには、やっぱり月がいてほしいですから」
……元ザブングルの加藤さんを呼びつけて、隣で叫んでほしい。
*****
「ご参加ありがとうございました。今日遠山さんがいなかったら、僕泣いてました(苦笑)」
イケメンの無駄遣い。流星が講師って知れば、女子沢山くるよきっと。でも来ないでほしいから余計なことは言わない。
「こちらこそありがとうございました。楽しかったです」
……終わりかい。もっと気の利いたセリフないんかい。終わっちまうぞこれで。いいのか遠山月子。よくはないけど、出てこないもん。
「では、失礼します」
あーあ。言っちゃった。
……遠山月子、28歳。
頑張れ。
人生初の匂わせ出来ただろ。
次は人生初のお誘いだ。
ガンバレ!
「あの…!」
「……はい?」
「先生にお願いが…」
「はい、何でしょう」
「月号と流星号を、飛ばしたくて」
「お!」
「近くの公園で飛ばそうかと…ただ、同時に飛ばすのは…」
「難しいですね」
「………」
「一緒に飛ばしにいきましょうか!」
「…いいんですか?」
「やっぱり星と月は一緒に飛ばしたいですもんね笑」
ナイス流星。そういうの、何度でも聞きたい。
「暗くなるまで、お茶でも飲みますか」
僥倖。流星とのお茶デートイベント追加。
*****
夜の公園は生憎の曇り空。
「月号と流星号が目立ちますから、今日に限っては良い天気ですよ笑」
流星。爽やかな笑顔。KO寸前。
「せーのでいきましょう」
流星と初めての共同作業。ケーキより前に共同作業があるなんて。紙飛行機発明した人、マジで神。
「せーの!」
月号は離陸後0.08秒で地面に不時着した。
「すみません…」
「いやいや!風にやられましたね。Take2いきましょう笑」
ああ流星。これ以上優しくしないで。
あと、紙飛行機の正しい飛ばし方を教えて。
結局Take3。
「いきましたね!」
月号と流星号は、肩を寄せ合うように漆黒のキャンバスを舞った。
******
「先生、お付き合い頂いてありがとうございました」
「こちらこそです!今日遠山さんに出会えてホントに良かったです!」
流星。遠山月子との出会いは運命だと思って。お願い神様。今だけ流星を運命論者にして。
「あ!すみません!僕戻らなきゃ…」
「え?」
「今日マストの報告書が...」
「あら…」
「戻ります。今日は本当にありがとうございました!」
「…はい。ありがとうございました」
小走りの流星。
ま、そうだよね。流石にそこまではね。
「遠山さん!」
「…はい!」
「来月も教室やります。是非来てください!」
……
ガンバレ!!
トオヤマツキコ!!
「……はい!絶対に行きます!」
「待ってます!では!」
*****
生きてるだけでしんどいけど。
しかめっ面の時間の方が長いけど。
たまには、良いこともあるよ。
頑張れ、遠山月子。
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タイトル:頑張れ!遠山月子!
著:オーレム
使用フォント
折本表紙:UD デジタル 教科書体 NK-B
折本本文:BIZ UDP明朝 Medium
印刷しての最小フォントサイズ:10.5pt
記事内本文の字数:3,000字
【紙飛行機】
【折本】
こちらの企画に参加します。
【09/22追記】当初規定外フォントで作成してしまいました。主催者のすーこさんの手厚いサポートにより、UDフォントに変更できました。すーこさん、お手数をお掛けして申し訳ありませんでした。そしてありがとうございました。
慣れない作業に苦戦しました。
でも、大変楽しかったです。
ありがとうございました。
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