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米粉職人がたどり着いたパン専用粉

鹿児島県薩摩川内市の米穀粉メーカー、小城製粉が2010年に販売開始した「米粉パン専用粉」。その開発の道のりは、食物アレルギーの子どもを持つ親から「我が子でも食べられるパンをつくってほしい」とリクエストを受けた、あるパン職人の相談から始まった。

「子どもが小麦アレルギーなんですとか、卵、乳製品がだめでってお問い合わせはパン屋さん、お菓子屋さんには少なくないんです。『小城さんのところで、アレルギーを持つ人でも平気なパン用の米粉をつくれないだろうか』というお声自体は、実はかなり前から度々いただいていました。色々なタイミングが重なって、ようやく本腰を入れてやろうとなったのが2008年ごろのことです」

話を聞かせてくれたのは、小城製粉の取締役兼製菓部主任を務める小城吉輝さん。

2008年の日本といえば、第一次米粉ブームの真っ只中。新聞やテレビでは相次いで米粉をテーマにした特集が組まれ、コンビニ大手のローソンから全国発売された米粉パンをはじめ、巷では米粉を使用した様々な商品が見られるようになった。
しかし、当時売られていた米粉パンと小城製粉が目指した米粉パンには決定的な違いがあったと小城さんは言う。

「単純に、目的が違うんです。あの頃の日本は、海外から輸入される小麦の消費量が増える一方で国内で収穫された米の消費が低迷、事実上供給過剰になっていました。米をもっと消費してほしい、そのためには米を粉にして小麦と同じようにすれば用途が拡大して消費が進むだろう、という国としての考えが根底にあったんですね。
なので当時の米粉パンはグルテンフリーである必要がなくーーそもそもグルテンフリーという言葉もまだ日本にはありませんでしたがーーどちらかと言うと、パン職人たちが気軽に小麦の代用として使えるものであることのほうが重要でした。だから昔の米粉パンは、小麦粉を少量混ぜたりバイタルグルテンを添加してつくられています。
一方で私たちの目的は、アレルギー対応食でありながら子どもたちも食べたくなる美味しい米粉パンを完成させること。そうするとグルテンを入れるという発想はまずなくなりますし、だからこそ難しさがありました」

何を以って「パン」と呼ぶか

開発を進める過程で、小城さんは「パンとは何か」という根本的な問いに直面することになる。

それまでにも、研究領域で100%グルテンフリーの米粉パンの開発に関する前例はあった(*)。しかしその理論に納得はしながらも、小城さんには葛藤があったという。

*2001年に山形大学工学部の研究グループがプラスチック発泡成形の考え方を応用し、初めて米粉100%による製パンに成功した。
https://nishioka-lab.yz.yamagata-u.ac.jp/resarch/komepan.html

「研究結果としては素晴らしいものでしたが、その構造や製法、仕上がりの状態に関しては私たちが見知った小麦のパンと乖離があると感じました。果たしてこれをプロの職人たちの現場に持ち込んだ時に、パンと呼んでもらえるのかなと。いくら最終的に近しい形になったとしても、そこに至るまでのステップが違いすぎたら、職人たちにとってそれはもうパンではないですよね」

いくら良いものをつくっても、使ってもらえなければ意味がない。和菓子職人でもある自身の経験からそう感じた小城さんは「パン屋の厨房にある機械だけで、パンと同じ工程でつくれること」を念頭に置き開発に邁進した。

そしてもうひとつ。米100%のパン用粉をつくる上で大きな課題となったのが、「膨らみ」だ。

膨らみの理由は配合に有り。その構造のヒントは築城技術に?

「膨らまなければ、やっぱりパンとは呼べないですよね」と小城さん。

「だけどグルテンは入れないでつくりたい。そんなわがままを形にできたのは、職人たちの声に応えて色々な粉をつくり続けてきたこれまでの経験と、開発に着手した時点で試作に使える豊富な種類の米粉が倉庫にあったことが大きかったと思います」

たくさんの米粉のなかから、粉の特性を活かしてパンのような膨らみを表現できる配合を考え続けた小城さん。研究に費やした期間は2年にも及んだ。

さらに、生地の膨らみを保持するための重要なポイントとなったのが粉の粒度だ。

「小麦のようにグルテンで膨らみを保つことができない以上、他のやり方で代用しなければならない。この時に、粒度のバラつきが使えるんです。
大事なのは、粒度の異なる米粉をうまく配合すること。バラバラの粒度の粉を集めて構造を複雑にしたほうが、膨らみを保ちやすいんですよ。

どういうことかと言うと、お城の石垣をイメージしてもらうとわかりやすいと思います。あそこに使われてる石って形が不揃いで、並べ方もちぐはぐですよね。つまり大小様々なものを積み上げていった方が、地震なんかで揺れた時にも耐えられる強い構造になるんですよ。米粉パンも同じで、グルテンに頼れない分粉の粒をあえて不揃いにしておくことによって、潰れにくい、膨らみが長持ちするパンがつくれることがやっていくうちにわかったんです」

パンらしい香ばしさと米ならではの艶やかさ、モチモチの食感が共存する米粉パン専用粉を使用したパン

長い歳月を経て完成した「米粉パン専用粉」は、業界内でも大きな話題を呼んだ。発売から5年後の2015年には、そのアイデアと品質の高さが認められ「日本食糧新聞社制定第28回新技術食品開発賞」を受賞。さらにはグルテンフリー先進国のヨーロッパからも注目を集め、2014年にはドイツへパン用米粉の輸出を開始した。

2017年にはドイツ・ベルリンにKOMEKO社を設立し、国内150を超える店舗に米粉を提供。現地スタッフと連携し、米粉のさらなる国際普及に力を注いでいるという。

深遠なる米粉の世界と向き合い、開拓し続ける小城製粉。その視線の先には、まだ見ぬ可能性が広がっている。