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価値が上がれば、持続可能性も高まる?

製菓・製パン業者も生活者も、ともに“良きこと”に参加できるプラットフォームとして機能するサスティナビリティプログラム「カカオ・トレース」。この仕組はどのようにして生まれたのだろうか? ピュラトスジャパン株式会社マーケティング部でパティスリー・チョコレート部門を担当する長瀬真弓さんによれば「カカオ・トレース」はチョコレートの製造工程のうち、カカオの発酵過程が抱えていた課題に目を向けたことが出発点だったという。

カカオの発酵を徹底的に見直す

「カカオの木が育ちやすい生育環境は主に赤道の南北緯度20度以内にあります。そんなわけで(ピュラトスが取り引きしている)主産地は、西アフリカのコートジボワールやベトナムなどの国なのです。いずれも途上国。カカオの実は収穫後できるだけ早くに発酵過程に移行させる必要がありますので、必然的に収穫地で発酵させることになります…」

釈迦に説法になることは承知のうえで、念のため一般的なチョコレートの製造過程をここでおさらいしておこう。

①収穫…カカオポッドと呼ばれるラグビーボールのような実を収穫する

②摘出…カカオポッドの中の白い果肉(パルプ)に包まれたカカオ豆を取り出す ※ひとつのカカオポッドには20~40粒のカカオ豆が入っている

③発酵…成分を変化させるために現地特有の高温多湿な環境で1週間程度発酵させる ※多くの場合はバナナの葉でカカオ豆を覆って発酵させている

④乾燥…水分を減少させるために天日乾燥させる。乾燥が完了するとカカオ豆がチョコレートのような色合いに変化する

⑤輸送…十分に乾燥させたカカオ豆を麻袋に入れて船便(10〜20トンのコンテナ単位での海上輸送)でチョコレートの製造地(主に消費地)へと運搬する ※運搬効率上、コンテナが満載になるまで乾燥後のカカオ豆を保管する必要があるため、保管と輸送に1年以上かかることもある

⑥製造…製造地(主に消費地)で、カカオ豆の殻の中にあるカカオニブを取り出し、ローストやすり潰し工程を経てペースト状にしたカカオマスを使ってチョコレートを製造する

さて。話を戻そう。上記の工程のうちカカオの収穫地で行われる作業は①〜④だ。そしてその中で最も重要そうに見えるのはカカオが変成する③の発酵だろう。実のところ発酵を経るからこそチョコレートはあの味になる。

「必然的にカカオ豆は収穫地で発酵させなければなりませんが、その方法はとても簡易的なことが多いのです。バナナの葉を広げ、カカオ豆をのせて、別のバナナの葉を上から被せて放置するだけ。この発酵の工程に改善点が隠されているのではないか? というのが、私たちの読みでした」

その当時、ピュラトスの社内にもカカオの発酵についてのノウハウは実はまったく無かったという。まずは良いカカオを栽培する方法から始まり、カカオを発酵させるためにアカシアの木箱を揃え、最適な発酵工程を科学的に研究し…という具合に試行錯誤を重ねた結果、カカオ豆を2段階に分けて発酵させるという手法にたどり着く。

「まずは収穫して数時間以内のフレッシュなカカオ豆を用います。それをアカシアで作った木箱に入れ、バナナの葉の上から麻布を被せることで酸素を取り込まない環境をつくり、1次発酵を行います。これはカカオ豆を覆うパルプ(果肉)に含まれる糖と天然の酵母が結びつき、アルコールと二酸化炭素を産むアルコール発酵です。アルコール発酵は嫌気性なので、酸素を遮断する必要があるのです。続く2次発酵は好気性の酢酸発酵なので、木箱を入れ替えることで酸素を取り込みます。それをきっかけにして1次発酵で生み出されたアルコールと天然の酢酸菌が結びつき、エネルギーが産出され(温度が上昇し)、pHが下がるため、カカオニブに含まれる酵素が活性化します。カカオニブにはテオブロミン・糖・たんぱく質・ポリフェノールなどの成分があり、酵素と微生物の働きで、それぞれが分解されて、アロマの元(前駆体)が醸成されます。これらは、その後カカオ豆を乾燥・ロースト・コンチングすることによってアロマとして引き出されて、チョコレートとして味わうことができるようになります」

価値の上昇、利益の増加、そして配分

日本酒やワイン、味噌やビネガーなどの調味料など、およそすべての発酵食品は発酵過程にこそ細心の注意を払ってつくられる。しかし、カカオの場合はそうではないケースもままある…ということに驚きは隠せないが、それはともかく、ピュラトスでは温度・時間を厳格に管理しながら発酵過程を進めるという手法を採用した。発酵に続く乾燥工程も独自のマニュアルに基づいて一元管理し、最適な香りを生み出したピュラトスのカカオ豆でつくったチョコレートは、当然ながら国際的にも評価されることになる。ユーザーにも価値が認められ、安定して取り引きされるようになった、というわけだ。

その利益の一部を産地に還元するというサステナビリティ・プログラム「カカオ・トレース」は、このようにして誕生した。現在、ピュラトスではコートジボワール、ベトナム、フィリピン、パプアニューギニア、メキシコ、ウガンダのカカオで「カカオ・トレース」を実施している。

ピュラトスジャパン
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