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森永商事 | シェフも街も笑顔にしたい。チョコレートの達人が手にした7つのアイデア

「『チョコレートを食べたい』と『チョコレートのケーキを食べたい』って全然違います。後者の場合は、チョコレートと他の素材を一緒に味わいたい、いろんな香りや食感を複合的に楽しみたい、という欲求が前提にある。つまり材料としてのチョコレートの勝負どころは、そのものの美味しさだけでなく、他の素材と合わせた時いかにいい仕事をできるかなんです」

甘い香り漂う森永商事本社ラボにて

そう語るのは、森永商事の研究開発部でリーダーを務める渡部眞一朗さん。

日本を代表するお菓子メーカー・森永製菓グループ傘下の森永商事。彼らは1973年の創立以来、グループ内で唯一プロ向け製菓材料に特化した事業を推進してきた。
その体制は、自社で開発を行い、製造工程だけを外部工場に委託するというユニークなもので、一般に「商社」と聞いて思い描くイメージとは大きく異なる。

日本の製菓業界を牽引する技術と知識を生かしながら、プロのための材料をつくる。そんな彼らが考える、理想のチョコレートとは一体どんなものなのだろうか?

プロに選ばれるチョコレートづくり

「全体の調和を妨げる雑味をいかに抑え、味わいの中心をストレートに貫くものづくりができるか。それが、私たちのチョコレートづくりの軸となる部分です。その上で、どうすれば他との違いを表現できるだろう?そこに課題がありました」

森永商事が考える「材料」としてのチョコレートの在り方とは

2008年、渡部さん率いる開発チームはクーベルチュールブランド「ショコラマニュファクチュール」を立ち上げた。

国民的メーカーの血を引くたしかな品質を武器に、街のお菓子屋さんに選ばれるただひとつのチョコレートをつくりたい。そんな思いから、チームは「最終製品のなかで存在感が光るチョコレート」をコンセプトに掲げ開発をスタート。

はじめに完成したのは、異なる酸味を持つフレーバービーンズ3種をブレンドして生み出したスペシャリティ「コンキスタドール」を中心に、酸をわずかに抑え上品に仕上げた「クレオール」、「コンキスタドール」の酸味をミルクチョコレートと合わせることをテーマにした「レルバージュ」の3種類。
当時市場で徐々に注目が高まっていたという「フルーティな酸」が、クリエイティブのキーワードになった。

左から、レルバージュ、コンキスタドール、クレオール

「はじめは『コンキスタドール』一本で勝負することも考えていました。ですが、チョコレートの酸味に対する認知は広がり始めたばかりで、唐突にそれだけを紹介してもまだ受け入れられないかもしれない。でも、どうにかしてこの酸の面白さを伝えたいーーそんな思いもあって、あえてバリエーションを持たせることで入口を広げるねらいがあったんです。『クレオール』と『レルバージュ』は、『コンキスタドール』の子どものようなイメージですね」

「カカオ感」で広がる表現の可能性

その5年後の2013年には「ヌーベレ」と「ペルレドール」の2種類が誕生。複数のシェフからヒアリングを行い、「カカオ感」を新たなキーワードに据えて開発が進められた。

左から、ペルレドール、ヌーベレ

カカオ分43%のハイカカオミルクチョコレート「ヌーベレ」は、エクアドル産の香り高いカカオ豆に、モルトを組み合わせることでキャラメルのような香ばしさをプラス。

「たとえばチョコレートムースをつくる場合、ミルクチョコレートとスイートチョコレートを混ぜてつくるシェフが多いと思います。ミルクチョコレートだけだとカカオ分が足りないんですよね。でも、手間がかかる。じゃあそれひとつだけでムースがつくれるくらい、カカオ感をしっかり感じられるミルクチョコレートってできないんだろうか?と考え出したのが、『ヌーベレ』誕生のきっかけです」

一方「ペルレドール」で目論んだのは、ホワイトチョコレートにおけるカカオ感の表出。
ホワイトチョコレートをつくる際、通常は色も香りも抜いた真っ白なデオドライズドココアバターを使用する。デオドライズしない(一般的な)ココアバターを使うと、その香りによってミルクの風味や味わいがぼやけてしまうからだ。

左がデオドライズドココアバター、右が一般的なココアバター

しかし「ペルレドール」には、あえてこのデオドライズしないココアバターが使われている。そうすることで、カカオ本来の香りをホワイトチョコレートに与えるのだという。
またホワイトチョコレート特有の後に残る甘ったるさも、カカオの香りによって印象が変わると渡部さんは話す。「甘さが和らぐ、というよりは甘さのキレがよく感じられる…という言い方が適切かもしれません」

森永製菓と森永商事、それぞれの視点

森永ブランドのものづくりに奮励し続ける渡部眞一朗さん

実は渡部さん、以前は森永製菓の研究所に在籍していたという。森永製菓と森永商事のものづくりの違いについて、開発者自身はどのように捉えているのか聞いてみた。

「チョコレートの製造工程そのものに関しては、toBであれtoCであれ、基本的にはどこも同じ手順です。ですが、やはり目的が違うので要所要所に違いは出ますね。

たとえば、森永製菓がつくるお菓子は基本的に水分を含まないものです。なのでそこに使われるチョコレートには、水分のない状態で風味を出すことが求められます。一方、森永商事がつくるチョコレートは、水分を多く含むケーキの材料。水と合わせた状態での香り立ちに重きが置かれます。口に入れた瞬間、溶けていく最中、最後の余韻。それぞれのタイミングにおいて必要な表現って、同じチョコレートでも全然違うんですよ」

味の厚みをつくるブレンドの極意

フェルモ

ショコラマニュファクチュールがさらなる進化を遂げたのは2015年のこと。当時森永商事のチョコレートテクニカルアドバイザーを務めていた植﨑義明氏(現「ラ・リヴィエ・ドゥ・サーブル」代表)との共同開発により、新たなラインナップを追加するプロジェクトが持ち上がった。

「万人受けするハイカカオなビターチョコレートをつくってほしい、というのが植﨑代表からいただいた最初のリクエストでした」

この声に応えるべく、チームは開発に着手。本社ラボでシェフと共に試作を重ね、理想の味わいを模索した。

ラボにはパティシエやブーランジェとして勤務経験のあるメンバーを含むテクニカルスタッフ12名が在籍。開発はもちろん自社製品を使ったレシピ提案も行っている

試行錯誤を繰り返し、完成したのがカカオ分70%のダークチョコレート「フェルモ」。開発のポイントはカカオ豆のブレンドにあったという。

「カカオ感の強いガーナ産の豆と、濃縮したレーズンのような酸味を持つマダガスカル産のカカオ豆を組み合わせて、そこへさらにエクアドル産のカカオ豆をブレンドすることで全体の調和を図りました。

それまでは、たとえば『コンキスタドール』のような酸味の強いチョコレートは焼くと香りが飛びやすかったり、逆に後味がしっかりしたチョコレートは生菓子だと華やかさに欠ける…みたいな一長一短がありました。ですが個性の異なるカカオ豆をうまくブレンドすることで、個々の欠点をカバーするだけでなく、味に厚みを持たせることができたんです。おかげで生菓子でも焼き菓子でも程よく主張できる万能なチョコレートがつくれたんじゃないかと思います」

「ミルク感の強いミルクチョコレート」という難題

一方「セレニティ」開発の経緯について、植﨑代表本人に話を聞いた。

「ラ・リヴィエ・ドゥ・サーブル」植﨑義明代表

「『フェルモ』とは別にもうひとつ、僕からはミルク感の強いミルクチョコレートをつくってほしいというお願いをしました。焼いても塩味を感じないハイミルクなミルクチョコレートがほしいんだけどできないかなあ、って。
『ミルク感を強くしたい』と言うと『じゃあ粉乳を多くしましょう』というのが一般的な考え方ですが、そうするとコンチングの最中に熱が加わって粉乳が焼けてしまう。この焼けた粉乳が、ビスケットやクッキーのような塩味のもとになってしまうんです。
塩味は塩味で良いのですが、そうならずに、だけどそれでいてミルク感は強いチョコレートがもし実現できたらこれはスゴイことだなと」

相当難しいお題だったと思います、と植﨑代表。

“強いミルク感”のために開発チームがまず目をつけたのは、やはり粉乳の量。とはいえ植﨑代表の指摘どおり、粉乳を増やせば増やすほど塩味は強くなり、また乳糖由来のしつこい甘さも目立つ。それだけでなく、粉乳を増やしすぎると乳たんぱくが口のなかでダマになり、口溶けの悪さにもつながったという。

「何回もやり直しをお願いして、かなり苦労したんじゃないかなあ。でも、おかげで理想形に近いものがつくれたと思います」

セレニティ

完成の決め手になったのは、使用する乳製品の産地だった。
通常使用している日本やオーストラリアの乳製品は、どれも比較的すっきりとした軽い味わいが特徴。一方普段はあまり使用しないヨーロッパの乳製品に目を向けてみると、コクがあり濃厚な味わいのものが多かった。この違いは主に食べている牧草の違いに起因するものだという。

いくつものサンプルのなかから選んだフランス産の乳製品を軸に、特徴の異なる複数の乳製品をブレンドすることで、ミルク感は強く、だけど塩味の主張は最小限というこれまでにないミルクチョコレートに仕立てた。そうして完成したのが、『セレニティ』だ。

「日本人がつくった日本人のためのチョコレート」

ラ・リヴィエ・ドゥ・サーブルの人気商品、その名も「ガトーフェルモ」

店で出すケーキの大半に「ショコラマニュファクチュール」を使用しているという植﨑代表に、その魅力について聞いた。

「日本人がつくった日本人のためのチョコレート、っていうのはよく言いますね。フルーツ、ナッツ、コーヒー、紅茶。何にでも寄り添える協調性はすごく日本人的、だけど個々の個性も程よくあって、すごく使いやすいチョコレートだなと思います。

たとえば酸味の個性が強いチョコレートの場合、芋栗カボチャなどデンプン質のものと合わせるのが非常に難しい。なぜなら、デンプン質のものって痛むと酸っぱくなるんですよ。酸味の強いチョコレートと合わせてしまうと、食べた人に腐敗に近い印象を持たれやすいんです。
なので、個性が突出したチョコレートの場合は他の素材と組み合わせたりせず、単一で、できるだけそのままに近い状態で食べるのがベスト。製菓材料としてのチョコレートとは活きるポイントが違うんじゃないか、というのが僕の考えです。

その点、何にでも合わせやすいチョコレートっていうのは文字通り万能で、さらに言えばうちのような個人店にとっては大きな強みになります。たとえば20種類のケーキをつくろうと思った時に、使うチョコレートの個性が強すぎるとケーキごとにチョコレートを何種類も使い分けないといけなくなる。そうするとバックヤードには膨大な量のチョコレートのストックが必要になります。それって実質不可能なんですよね。

一方で、酸味を少し足せば柑橘系とあわせやすくなったり、糖分を足せばコーヒーや紅茶とも相性の良いチョコレートってすごく付き合いやすい。それひとつでいろんな方向に枝分かれさせられるチョコレートのほうが、言ってしまえば楽なんです。
それも、『ショコラマニュファクチュール』の場合はちょっと手を加えるだけでまったく違う味わいが何通りもつくれる。それが最大の魅力だと思います」

街の笑顔をつくるシェフたちのために

シェフたちの日常を支えるチョコレートをつくる。そこにはシェフと、シェフがつくったケーキを食べる生活者に対する森永製菓グループとしての思いがあると渡部さんは言う。

「街のお菓子屋さんでケーキを買う人たちの嬉しそうな姿って、ああ理想的だなって」

「やっぱり、甘いものを食べる人たちの笑ってる顔が見たいっていうのが一番ですよね。森永が120年持ち続けてきた想いもそこにあります。
そんな人々の幸せをつくる街のお菓子屋さんの毎日を、材料で支えること。それが、森永製菓グループの一員であり、材料に特化した私たちだからこそできることなんだと思います」

La Rivière de Sable/ラ リヴィエ ドゥ サーブル
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水定休
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