今日、流産手術をした私から、呪いをかけられた全ての女性へ

今私は、自宅のベッドから療養しながらキーボードを打っている。

今日、私は流産の手術をした。
つい先日まで意気揚々と妊婦検診に通っていた病院で、全身麻酔で意識を失い、赤ちゃんの泣き声する産院の端にある狭くて暗い処置室で、私の身体の中に私1人の命だけ残した。

明るくて綺麗だと評判で選んだ医院の中に、こんな汚い部屋があることに驚いた。

正直思いがけなかった。結婚し、愛する夫との間に命を宿した。本格的に妊活を始めてちょうど1年だった。年齢的にもラストチャンスに近いだろう。夫は泣いて喜んだ。まだ膨らんではいない私のお腹をさすってくれた。すぐに病院へ行き、5週目で正常妊娠、6週目で心拍を確認した。悪阻も始まった。泣くほど辛かったが耐えた。
姉と祖母にも報告し、喜び勇み、母子手帳を貰いに行った8週目。
母子手帳ケースはファミリアのものを買う予定だった。週末に夫に大丸に連れて行ってもらおう。そんなことを考えていた待合室だ。まさに晴天の霹靂である。

正直、初期流産は妊娠全体の20％で起こるというのは調べて知っていた。心拍確認後は5％になるらしい。まさか自分がその5％に入るとは思わないじゃない。確かに幸薄い方だけど。

初期流産は母体に原因があるわけではなく遺伝子理由であり、原因は不明であることももちろん知っている。先生や、夫、姉からもそう励まされた。それでも自分を責めない女性がいるのかと私は思う。そうか、私はやっぱり95％に入れない人間だったのか。元来そう思いバランスをとってきたので、今回もそう自分を落ち着かせた。

そもそも私達はいわゆる「不妊治療」をしていない。1年前に念のため2人で不妊クリニックで検査をし、双方全く問題なしと言われたのでまずはタイミング法で頑張ろうとなった。夫婦仲が良いとはいえ、出張も多い仕事の中で毎月タイミングを取ることはなかなか疲弊した。付き合った当初から淡白だった私達だが、それがなくても全く問題なかったとも言える。

タイミングで授からなかったら？ステップアップ？顕微受精？体外授精？1回30万円！？
…とりあえずそうなってから考えよう、となった。


夫は子供は絶対欲しい！という人ではない。多分。（絶対と言い切れないのは、私に配慮している可能性もあるから）
実際にとても子作りする気あると思えない程に淡白であったし、マンション探しの時も私が口を挟まなければ子供部屋の存在を忘れる。夫婦2人と犬の生活も良いよとよく口に出してくれるし、妊娠発覚後に「もし私が出産の時に危険な状態になったら母子どちらを優先する？」と意地悪な質問をした私に『嫁ちゃん』と即答した。予想通りだった。心拍停止を伝えたときは、お腹よりもまず私の頭を撫でてくれた。

うーんこう書き出すと、まるで夫は子供いらないみたいだな。違う違う。多分そうじゃない。
そうじゃなくて、きっと「愛する私が子供を欲しがってるからその願いを叶えようとしている」だけに過ぎない。

では私は子供が心底欲しいのか。これに対する答えは50:50だ。

私は今の夫と出会う前、シングルファザーの男性と長年交際をしていた。出会った当初から幼い子供ありきでの交際であったので、付き合う＝擬似家庭生活の始まりであった。デートは基本3人で。おうちで。9時には就寝する。
当時25歳、毎日飲み歩いて仕事と遊びしかしていなかった私の生活に突然母親代行というミッションが入った。毎日ダッシュで定時に会社を抜け、夕食の支度をし、寝支度を済ませる。夜は夜で1人の女として彼に対応する。
子供のいる子はおろか、既婚者すら旧知の友人にはほとんどいなかった。誰にも相談できなかった。
それでも相手を通じて新しい友人知人は増えてゆく。親族付き合いにも巻き込まれた。みんな私より年上で、既婚者で、出産経験者で、育児中だ。
私だけ、何でもない。マウントを取られることも多かったが、とにかくヘラヘラ笑ってやり過ごした。

年数が経ちしばらくすると、育児に迷走するようになった。実の子の育児ですら迷走するのだから継子となれば当然だ。ただこの時の私はSNSもしておらず、仕事と家事に追われ育児本を読む時間もなく、同環境の人に相談もできず、ただただ抱えていた。相談したい頼れる母もこの世にもういない。あんなに愛しかった継子の顔を見るのが辛い時も多くなった。
そんなキャパオーバーな私をゴリラ達は見逃さなかった。マウントはより一層厳しくなった。お前に新しく子供を産む資格はないと言われた。妊娠した。当然のように諦めさせられた。

諦めさせられた、なんてさも悪者のような書き方したけど、結局身も心もボロボロになった私が妊娠を継続する状況を保てなかったのが原因だ。

その後の結果は、見事に破綻した。3人の生活も、4人の生活も、そして私の心も体も。

私は呪いをかけられた。
『女は子供を産んで一人前　産まない女は母じゃない　ただ母親は女じゃない』

私は1人前の女になりたかった。だから母になりたかった。でも、1人前の母親が女じゃないのも知っていた。

冒頭でただひたすらに妊娠を喜んだように書いたが、少し嘘だ。
正直怖かった。
1人前の母親になれるのか。母になった後でも夫に女として見てもらえるのか。

ただ同時に、妊活中は私には使命が課されていると思っていた。それは、こんなに優しくて素晴らしい夫の遺伝子を残さねばいけないという使命だ。今世で絶やすにはあまりに惜しい遺伝子、私にはその責務があると思った。
あとは上記の経験から、私の恋愛には子育てがあって然るべき存在だったので、子供のいない男女2人だけで成立する生活というのに違和感を抱えていたのも事実だ。（普通のカップルであれば当然経験していることなのに、その経験があまりに希薄だった。）

え、これ新しい呪い自分で作って自分でかけてた？

幸いにも過去と今の私で違うのは、周囲からのプレッシャーが一切ないこと、
そして何より、文字通り私のすぐそばで寄り添って助けてくれる夫がいることだ。
パジャマでゴロリとPCを打つ私に最適な室温と寝具を用意してくれた夫は、今スーパーに買い出しに出かけている。激務の仕事を休み、病院への送迎もしてくれた。術後にどうしてもマヨネーズたっぷりの卵サンドが食べたいという私に希望通りの品を買ってきてくれた。チョコチップメロンパンが食べたいとボソリと昼に呟いていたのだが、コンビニをはしごして探してくれていた。結局見つからなかったけど、嬉しかった。

夫婦なんだから当たり前だと思うか？全然当たり前じゃないよ。むしろ夫と出会ってから、こんなに他人から施されることがあるのかと多くのことを知ることができた。それこそ無償の愛、子育てのようだ。
過去に親切にされる時は、そこに家事や育児やSEXという私に提供できる何かを施すことが暗黙だった。

流産が決まりメソメソする私に、前日の手術前処置が辛くて貧血と過呼吸を起こし、看護師に助けてもらいありがたかったと話す私に、そして夫に仕事を休ませてしまい悪かったと話す私に、姉がこう言い放った。

「どうしてあんたはすぐに申し訳ない、情けないと思うのか。流産はあなたの責任じゃないし、ケアされることも当然の権利だろう」

そうか。当然の権利なのか。そう言われた昨日から今日、自分でも信じられないくら甘えることが出来た。トイレ行きたくてナースコール遠慮なく押しちゃったよ。今までの私なら看護師さん通りがかるの待ってただろうな。
言葉の呪いを解くのもまた人の言葉なのである。

今週の私はとても情緒不安定で、googleで「子なし　離婚率」で検索してオイオイ泣いた10分後には「子なし　夫婦　仲良し」で検索してニヤニヤしている。

以前の私と違うのは環境だけじゃなかった。私自身も変わっていた。

2回も子供を失ったわけだが、今の私には未来を考える余裕がある。
これを書いている別タブには楽天トラベルを開き、体調戻ったらGOTOでどこ行こうかななんて考えてる。なんて不謹慎なんだと以前の自分なら思っただろう。

とにかく、どんな手段を使ってでも、幸せになる。
これが私に必要な呪いだ。きっとこの呪いは私と夫が今セルフでかけている最中だと思う。