雪融けの甘さに思うのは

どうにかテスト週間を乗り越えて、晴れ晴れした気持ちで下校していた(あんときはまだ勉強ついて行けてたのにね)。

入稿締め切りもまだまだだったので、直帰した。地元の駅に降り立つと、空は冬にしては珍しい抜けるような青空だった。雲1つ無く、まるでそれが当然かのように、澄ました顔で広々と居やがるのだった。
数日前に降った雪がまだそこいら一面に残っており、踏むたびに粒子の粗い「ざくざく」という音がした。電車から降りた瞬間はやはり空気が冷たいと感じたが、こうして歩いているとそこまで寒くはなかった。雪のあるときは湿度か何かが関係しているのか、突き刺すような酷い寒さは和らいだ。そして何より、春の予感に似ているほどのぬくい陽光があたたかかったのだ。冬はまだまだ終わらないのに。そういう期待をさせるのが、やつらの良くないところだと思う。

いつもなら足早に歩いているところだが、大きなブーツを履いているとそうも行かず、私は実にゆったりと歩いていた。何度見ても飽きない雪景色を、その愛しさをなんと言葉に例えようか考えながら。

駅前(といっても田舎の「駅前」を想像して欲しいが)に、冬季限定でやっている今川焼き屋があった。最近周りでは評判になっていたが、日が落ちる前に閉店してしまう上に不定休なため、なかなかお目にかかることができなかった。今日は、運良くやっているようだった。
弱くはためく幟の文字にうきうきして入ると、既に先客がいて店主と話し込んでいたようだった。こういうのは、非常に気まずい。
「こ、こんにちは。あの、まだ売り切れじゃないですか」
「ありますよ。何個」
「えと、じゃあ2個ください」
店主は(学生さん?しかも2個だけ?)といった様子でつっけんどんに「焼けるまでもう少し時間かかるけどいい」と尋ねてきた。
「はい」
じゃあ要りませんとも言いたくないので、入り口のあたりで待つことにした。手持ち無沙汰で「○○新聞に紹介されました」の記事なんかを眺めていると、先客が帰って行った。彼は大きな紙袋にいっぱいの今川焼きを買っていたようだった。私だっていっぱい買えるんだったら買いたい。

今川焼きが焼けるじゅーっという音以外、ただただ静かに時が流れる。私は全然大丈夫なふりでいたが、全然大丈夫じゃなかった。沈黙に耐えられるほど心に余裕がなく、かといって引っ込み思案な高校生が気軽に話しかけられるわけもなく、かといって外にまで漂う美味しそうな匂いへの未練を捨てられなかったのである。

そんな数分がようやっと過ぎ、店主はがさごそと紙袋を取り出し始めた。私は、顔を上げて受け取るために近寄った。
苦し紛れに「わあ、美味しそう…!」
と言うと
「あー、今日は高校生はお休みかなにかなの?さっきも、女の子2人買いに来たんだよ」
と返される。
「テスト終わって、早く帰れたんです。多分、他の学校もテスト期間だったりするんじゃないですかね」
「いつも日が暮れてから下校なんで、今日は今川焼き買えてすごい嬉しいんです」
なるだけにこにこして言うとあちらも少し笑ってくれた。
「はい、あんこ2個」
「ありがとうございます」

ほっと息をつきながら外にまろびでる。ちょっと穏やかな感じになれてよかったな。


すぐに食べず、ぬくもりを手のひらに馴染ませていた。実のところ駅から自宅までは相当距離があるのだが、あんまりにもぼんやりしていたのだろう、特になにも思い出すことがない。なんにも考えなくて良いなんて、そんな日々が最近あっただろうか。

自宅の近くにだだっ広い広場がある。野球グラウンドもあって、芝生もふんだんにあって、都市部だったらきっと人がたくさん集まっているのだろうと思うのだが、想像の通り誰もいない。足跡1つ無い雪景色がどこまでも広がっている。青空を映して、もっともっと白さが際立っていた。
食べかけの今川焼きをなんとなくそこにかざしてみると、その輪郭が機械にかけたみたいに切り取られる。けれども、そう見える気もするし、薄く広がる白と青の液体の中にあんこが溶け出していく心地もするのだった。ぬくい甘味が、平衡を保つためにそれらを失っていく。もしかすると、ぜんぶが溶けてしまうのかもしれなかった。

ーーー

と、ここまで書いて、そういえば当時日記を書いていたことを思い出す。読んでみたら、過去と現在の感覚の解離に驚いた。私は、これまでのいっさいがっさいを忘れてしまう前に、すべきことを終えなくてはならないと思った。
以下が少し修正を加えた、その文面である。


1月31日

今日はなんていい日だったんだろう!

澄み切った冬空の下、寒さが緩んでマフラーと帽子を鞄に突っ込んで、暖かさにワクワクする。お気に入りの暖かい洋服を着た私と、春の訪れを待っているたくさんのいきもの達。皆んな一緒だね。それでも、平らな田んぼに雪が真っ白な絨毯を作ってキラキラ輝いているのは本当に綺麗なんだ。
途中でちっちゃな今川焼きを買って、ホクホクと頬張るうららかな帰り道。わーい明日は休みだぞ!
じいちゃんばあちゃん家に着くと、ビーフシチューのいい香りが漂っていて、鼻を刺激する。ハリーポッターを読みながら、こたつの中で寝落ち。2時間くらい昼寝して、起きるとあのあっつあつのビーフシチューがたんと盛り付けてある。肉がたっぷり入って、じゃがいもはトロトロ、にんじんは柔らか、スープはこってり。まったりと夕食を食べるもんだから5杯も食べちゃった!
なんていい日なんだろう!

でも、こうした自然に対する慈しみや何気ない幸せを私はだんだんと失っていく気がする。事実最近自然の変化にものすごく疎くなっている。そんな自分が怖い。物事の本質を見抜くことができなくなっているんだ。大人になるのは必要なことだ、逃げられはしない。でも、そうは言っても、子供の心を忘れたくはない。そういう意味で、ずうっと大人になんかなりたくない。今日みたいな日をずうっと続けていきたい。あぁ、今日がずうっと続けばいいのに。後もう少しだけ、時間が止まってくれたらいいのに。大人になりたくない。大人になってはいけない。