大学合格までの道のり(2)高1~高2

 ・高1

 部活漬け、勉強漬けの中学生活を終えて、晴れて旭野高校に通い始めました。旭野高校は、基本的には地味で真面目な校風で、部活動はほどほどに盛んでした。特にラグビーが有名で、花園に行ったりしていました。吹奏楽部に入部し、しばらくは部活中心の学校生活を送っていました。夏のコンクールで東海大会に行き(恋愛はうまくいかなかったけど)旭野に入ってよかったなって思いました。勉強は、どうやら中学のレベルがあまり高くなかったようで、普通にやっていただけではなかなか上位に入れませんでした。高1の時の成績は学年300人中40位前後といったところでした。塾には行かず、学校の勉強をとにかく真面目にやっていました。また、自分のお小遣いを稼ぐために週に1回、地元の「いらっしゃい」というお好み焼き屋さんでアルバイトをしていました。学校までが遠かったので、帰宅時間はだいたい7時や8時、アルバイトをして帰る日は10時半とかでした。家ではだいたい1時間~2時間くらい勉強しました。他には行き帰りの電車で、単語の暗記などをしていました。高1の段階では大学についてはまったく考えていませんでした。ただ、人に負けたくない性格だったので、たぶん人よりは勉強をしていました。でも、同じクラス内に勉強で目立つ人がいなかったため、そこまでモチベーションが上がっていなかったような気がします。文理選択は、まったくのフィーリングで、文系を選びました。理科や数学ができないわけではなかったので、もっと考えればよかったなと思います。当時から教員志望で、教員になれれば何でもいいや~という感じでした。

・学年1位との出会い 

高2になると少し状況が変わりました。クラスに学年1位のとても賢い女子がいました。ゆっきー(仮称)と呼ばれていました。なんとなく仲良くなりました。ちなみに私は高1の時から、「りんりん」とあだ名をつけられ、高2の頃もそう呼ばれていました。ゆっきーも塾には行っていませんでした。私は友達が学年1位なことがちょっと悔しかったので、ゆっきーの勉強の仕方をずっと観察していました。時にはノートを見せてもらっていました。ノートはとても読みやすい字で、わかりやすくまとめられていて、尊敬しました。勉強法は、覚えるべきことを赤字で書いて、赤シートで隠して覚える、予習復習を欠かさない、テスト前には、範囲すべての演習問題を解く、という王道の勉強をしてました。私はゆっきーに勝ってみたかったので、ゆっきーのやり方を完全に真似してみることにしました。そして予習の大切さに気付きました。次の時間にやるページを読んで、わからないところを整理しておくと、授業が聞きやすくなるし、先生にもどんどん質問ができました。主要教科はすべて予習をするようにしました。登下校時間や始業前、休み時間の時間と家での勉強を合わせると、テスト前以外で3時間、テスト前は平日でも4時間、休日はもっとやっていたと思います。すると、テストの点がぐんぐん伸びました。最高で学年3位まで取りました。しかし、残念ながら、ゆっきーには勝てませんでした。ゆっきーはすべての教科で98~100点を取っていたので、絶対に勝てませんでした。また、ゆっきーと仲のいい、わかちゃん(仮称)にも勝てませんでした。わかちゃんは、がつがつやっている痕跡がまったくなかったし、高2で英検準1級を楽勝で合格していたので(留学経験なし)、もしかして、本当に頭のいい人だったのかもしれません。最終的には、ゆっきーは一般入試で名大文学部、わかちゃんは名大経済学部に行きました。

・勉強以外の思い出

 私は、高1は地味な生活をしていましたが、高2で友達が増えて、高2デビューした感じでした。髪を茶色にしたり、スカートを短くしたり、JKっぽいことをしてました。アルバイトも週1でやってました。高2の勉強以外の学校生活では、クラスで文化祭でやった演劇が思い出深いです。私は、Yくんという長身の男子のことが好きだったので、Yくんが4人の主役の内の1人に立候補したので、私も立候補して、一緒に練習しました。夜の公園でみんなで練習をしたりしました。本番までほんとうに楽しかったです。しかし、文化祭後、Yくんは別の主役をやっていた女(私よりメンヘラ)と付き合ってしまいました。高2でも私の恋愛は成就しませんでした。部活動では、顧問の先生が未経験の先生に交替したため、それまでのようにうまくいかないことが多くなりました。生徒たちで、毎日試行錯誤して、時にはガチンコのけんかをしながら、一生懸命にレベルをキープしようとしました。が、東海大会にはいくことができませんでした。あの時はとても悔しかったです。

 ・まとめ

 高2では、学年1位のゆっきーとの出会いが、成績向上の大きなきっかけでした。最初は、やべーやつがいる、と思いましたが、やべーやつがやっていたことは普通のことでした。ただし、徹底度が違った。それに気づいて、徹底的な勉強をはじめたことが、その後の受験勉強の素養になったように思います。

・高校時代のメンヘラエピソード1

 高校を決めた理由の好きだった男子のことですが、高1の夏くらいまでは片思いしてました。同じ吹奏楽部の女子に、その子のことが好きだと相談していたにも関わらず、その女子は、その男子とこれみよがしにしょっちゅう二人きりで下校していました。それが許せなかったので、朝、教室で待ち伏せて、「あんた、私が好きなの知っとんのに、どういうことや」と詰め寄り、その女子と絶縁しました。なんであんな意地悪されたんだろうって思うけど、詰め寄ったのもなかなかメンヘラだったなと思います。

・高校時代のメンヘラエピソード2

 高2の時、部活動がなかなかうまくいかなかったとき、親友のMちゃんと部の運営についての意見が食い違い(私は手段を選ばず結果を出すためにスパルタでやるべきだ、Mちゃんは和を重んじてみんなが気持ちよく活動できるようにすべきだ、みたいな意見)、渡り廊下で激しく口論になりました。私は壁に手を強くついたつもりだったのが、壁ではなく窓ガラスに手が当たり、ガラスがはげしく割れ、手を怪我しました。体育教官室で強面の先生に手当をされならがら、思い切り泣き、出ていくとまりちゃんと他の部員がガラスの破片を片付けていました。それを見て反省し、冷静に話し合いをしました。頭に血が上ってキレてしまう性格はこの時から変わっていないようです。

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