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W1D5 逃げろ、走れ-도망쳐, 달려라!

 逃げろ、走れ。
 ルナの中の衝動が伝える。
 少し前に直也と見に行った映画のように言えば、お化けというものであろうか。
 クリスチャンとして言えば、魂や聖霊なのかもしれない。
 あるいは生存本能だろうか。

 その生の衝動はルナを前へ、前へと進ませる。
 目の前に般若の仮面をかぶった戦闘兵がルナを発見し、かかってくる。
 ルナはそれを、本能に従うまま剣を作り出し、切り払う。
 さらにルナは走り出していく。
 自分の身体がどうなっているのか、もう自省することなどできない。
 自分はもう、許されない体になってしまったのだ。
 それも自分のせいではなく、誰かのせいで。
 その負い目を感じつつも、体は生存を選び取っていく。
 その感覚を、ルナは御すことができない。
 ただ、駆け巡る衝動に身を預け、出口を目指していくしかない。
 ルナの胸鰭を模した耳の蓋越しに、敵が追いかけてきているのを察する。
 しばらく向かうと、そこには十字路がある。
 ルナはそこを右へ入る。
 その理由はわからない。
 ただの勘だ。
 それでも、強く研ぎ澄まされた勘はどのように向かっていけばいいのか、直感を信じていい直感が身体を突き抜ける。
 もし間違えていたら、などという感覚は、今のところ沸き起こらない。
 ただマヒした感覚で走ることしかできなかった。

 ルナはさらに走っていくと、袋小路に入ってしまった。
 もはやこれまで。
 ルナは息を吐く。
 そして、体を駆け巡る直感を信じ、思慮しなかったことを後悔する。
 敵はルナのもとに近づき、剣を握っている。
 ルナは立ち止まり、息を吐く。
 どうしたらいい。
 その疑問を自分の意識に問いかける。
 身体を駆け巡る新しい衝動に、ルナはゆっくりと頷く。
 それが悪魔との契約であってもいい。
 今は外に出たいのだから。
 ルナは頷くと、剣を魔法陣から召喚し、握る。
 そして意識の中で魔力を練り上げていく。
 それが身体に満ちたのを感じると、ルナは剣を握り、敵へと向かう。
 敵はルナめがけて剣を突き刺そうとする。
 しかし、ルナは近くにいた兵士の喉仏に剣を突き刺し、引き下ろす。
 内蔵されていた機器が露出し、真っ黒な血液をまき散らす。
 どこか安いコーヒーのようなにおいを放つ血液は、彼らが人間ではない、異形であることを伝えているようだった。
 ルナの背中に気配を感じる。
 背後ではルナに切りかかるべく、剣を大きく振り上げていた。
 ルナは振り返り、正面に立つ。
 そして剣を振ると、ちょうどつばぜり合いになった。
 剣と剣がぶつかり合う、強く耳をつく音がルナの人工内耳に響く。
 ルナは剣を放ち、敵の身体を狙う。
 しかし、敵の行動も早く、ルナの突き刺しを許したりはしない。
 敵はルナめがけて剣を突き刺し、ルナをけん制。
 ルナは一歩引くことでそれを避ける。
 これではらちが明かないと、ルナは剣に魔力を込める。
 魔法陣が足元に展開され、剣の先に満ちていく。
 ルナはその力が剣、そして腕先に満ちたのを確認すると、剣を地面にたたきつける。
 剣は地面に魔力を流し込み、その魔力はまっすぐ敵へと、氷の柱を立てて向かっていく。
 その速度に対応できない敵兵は、氷の柱が肛門部分より背中へと貫通。
 そのまま息絶えてしまう。

 それでも敵兵はルナめがけて剣を構える。
 ルナは近くにいた兵士の腹を突き刺すと、そのまま回転。
 周囲にいた兵士の首をその動作に合わせて刈っていく。
 ルナの背後で悪意を感じる。
 彼女はそれを察知すると振り返り、腕を伸ばす。
 腕の先に力を籠め、魔法陣を発動。
 ルナの身体を強い衝動が貫き、腕の先にわずかな衝動を感じる。
 腕の先に現れたいくつもの魔法陣を、青白い光が通り抜けていく。
 敵はそれを避けようとするが、密集している中ではよけきることができない。
 敵兵はそのまま団子になった状態で光を浴び、そのまま氷となって動かなくなる。

 これで誰もいなくなった。
 ルナはそう思うと、ゆっくりと息を吐く。
 しかし、これでまだ終わったわけではなく、まだ始まってすらいない。
 それどころか、今、自分を追っているのはこれだけではないはずだ。
 ルナはこの場が終わりでないことを察すると、剣を魔法陣の中にしまい、そのまま走り抜けていく。

 殺風景な白で覆われた通路を、ルナは走り抜けていく。

「オルカ。お前は逃げることはできません」

 どこかから声がする。
 それをルナは無視し、走り抜けていく。
 無視をした、というよりも、聞こえなかったといった方がいいかもしれない。
 ルナは今、そのような表示を見るほどの余裕などなかったのだから。

 しばらく進むと急にルナの身体は、まるで金縛りにあったかのように動けなくなった。
 もはやここで終わりなのだろうか。
 ルナは初めて冷静になり、その結果、頭に強い感情が浮かび上がってくる。
 もし、このまま死んでしまったら。
 あるいは、このまま兵士として徴用され、同胞殺しとして用いられてしまうのなら。
 ルナはどうしたらいいのかわからず、頭の中に強いスパークを感じる。
 さらに腕が緊張し始め、呼吸が上がる。
 その感覚に、ルナは不快感を感じる。
 そしてそれから逃れるべく、ルナは体を動かす。
 しかし、体は一切言うことを聞かず、いくら動かしても聖母像のように、ルナをそのまま動かせないようにしていた。

「傀儡オルカ。お前は私たちと戦うことが使命です。我らニッポニアに仇なす国、そして人間を滅ぼし、永遠の帝国、ニッポニアをこの地上に作らなければなりません」

 女性の声。
 柔らかく、か細く、しかし凛とした声。
 このような言葉をなんと表現したらいいのか、ルナのボキャブラリーでは書くことができないと、自分では感じた。
 しかしながら、この声に一抹の恐怖を覚え、眼をしかめる。
 微笑むこともなく、怒ることもない。
 自分のようなサイボーグよりもサイボーグのようで、なんとも気味が悪く感じられる。

 ルナは何が起こるかを確認しつつ、その声を確かめる。
 どこかからこつ、こつという靴の音が聞こえる。
 何者だ。
 ルナはその正体を確かめるかのように耳をそばだて、周囲を確認。
 尾ひれが緊張に合わせ、ゆっくりと揺れていく。

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