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W2D2 直也-나오야

 その時、電話がかかってきた。
 サークルの仲間だったら無視しようか、と思っていたが、相手は直也だった。
 ルナはしばらく電話を放置し、そしてゆっくりと息を吐く。

「はい」ルナは静かな声で応答する。

「ルナかい? 今日の講座、出なかったからどうしたのかな、って」

 恐らく心配で言ってくれているであろう、直也の発言。
 その優しさが心に染みて痛く、ルナは思わず目を閉じる。

「……うん。大丈夫」

 ルナは苦笑いをする。
 直也は押し黙り、静かな静寂が電話越しに流れる。
 その静寂を破ったのは、直也だった。

「嘘だよ」直也は、断定の気持ちを表すように言う。
 その言葉にルナは目を大きく見開き、恐怖する。

「僕は……僕は……」

 ルナはその場で言葉を押し黙り、携帯電話を降ろす。
 そして「嘘だよ」とゆっくりとつぶやき、その場に座り込んだ。

「ちょっとそっちに行くよ。今日、キョンイルさんから渡しておいて、って荷物頼まれたから。お手製のチャプチェとキンパプだってさ」

 直也の言葉に、ただゆっくりと頷く。
 電話が切れると、そのまま蹲った。
 蹲っていると、自身の尾ひれの黒い部分が見えてくる。
 一体これをどうやって隠したらいいのだろうか。
 ルナはしばらく格闘したが、隠すことなどできないと察し、息を吐く。
 しかしながらこれのおかげか祈ることができる気がして、ゆっくりと手を合わせ、主の祈りをささげる。
 それだけで神が自分の痛みや苦しみを聞いてくれるような気がした。

 しばらくするとチャイムが鳴る。
 ルナは恐る恐るドアののぞき穴からのぞくと、そこには直也が立っていた。
 ルナはゆっくりと息を吐き、扉を開ける。
 直也はその瞬間、目を大きく開けた。

 目の部分を覆う黒い目出しの仮面。
 まつげがあらわになる代わりに、眼の上にシャチのように白い模様がある。
 その仮面からは角のようなものが頭の方にかけて伸びている。
 その仮面は全体から鑑みるに、シャチの背びれを模しているようだった。
 服はまるでテレビアニメのファンタジーもののキャラクターが着ているような、華やかな物。
 その腰からは、ルナが異形のものであることを示すかのように大きな、ドラゴンの尾っぽのようなものが伸び、その先にはフィンがついている。
 それがシャチの尾ひれであることは模様や、顔の部分から理解できた。

「ルナ……」直也はぼっとした表情で立っている。
 ルナはその様子をごまかしながら「入ってよ」と静かに言うと、直也を招いた。
 部屋の中には、ルナが壊したのであろう物がいくつも転がっていた。
 コップ、パジャマ、瓶。
 それらはすべて絞られたかのように、あるいは力一杯引っ張ったような、通常ではありえない破れ方をしている。
 それを見て、これはルナがわざとではなく、何か特殊な事情で、事故でこのようにしてしまったのだと理解した。

「どうしたんだい?」直也は言う。
 しかし、ルナは押し黙り、何も言わない。
 直也は何も言わないルナに微笑むと、破れたパジャマを丁寧に畳んでゴミ袋にしまい、壊れたガラスをチラシで包んだ。

「食べようか」直也はにこりと微笑むと、机の上にサークルのリーダー、パク・キョンイルの作ったチャプチェ、キンパプを並べた。
 どちらもゴマ油の香る、おいしいそうな食材。
 ルナは久しぶりに見た食材に、思わず腹が減る。
 サイボーグであっても、おなかはすくものらしい。
 ルナはそのことに絶望し、うっすらと涙を流す。

「どうしたんだい?」直也は何か、彼女に秘密があることを察する。
 それを無理に聞くことは彼女を傷つけるのだと、じっと息をひそめる。

「ねぇ、ナオ」ルナはゆっくりとチャプチェを見る。

「僕がサイボーグだって言ったら、信じてくれるかい?」

 ルナの言葉に、直也は固まり、「えっ」とルナを見る。

「僕ね、昔の特撮物の主人公じゃないけど、改造されて、シャチの怪人にされたらしいんだ。だからでかい尾ひれが背中にあるし、耳には胸鰭の代わりか何か知らないけれど、ひれが伸びてる。これも僕の意思で全部動かせる。それから強いパワーと、魔法を与えられたらしいんだ」

 ルナは言うと、苦笑いをする。
 一方、直也はじっとその体を見つめた。

「どうだい? かっこいいだろ?」ルナは言うと、かっ、と鼻を鳴らす。

 直也はそんなルナをしばらく見ると、ゆっくりと抱きしめた。

「話してくれてありがとう」

 その言葉に、ルナは涙を流す。

「一体僕は何の罪を犯して、何の間違いを犯したんだ! 僕は祈ってきた! 僕は幸せになりたいだけなのに! なんでこんなことになるんだ! なんでだ! なんで!」

 ルナは直也のためにか、日本語で叫ぶ。
 少しずつ整理つつあるのか、日本語で泣けるようになっているのを見て、ルナはさらに声を上げる。

「僕は……僕は……!」

 その叫びは、直也の心に救いを求めるようだった。

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