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W2D6 マスクドオルカ-마스크드오르카

「頑張れ!」誰かが叫んでいる。
 それは自分に対しての応援。
 それを認識しつつも、その衝動をコントロールすることはできない。
 肉の意識のまま、ルナは周囲にいた戦闘兵だけでなく、人間の胸を突き刺し、切りかかっていく。
 真っ赤な血液でプールの水面は汚れていき、遺体の臓器が次々と浮く。
 監修はその瞬間押し黙り、じっと恐怖におののいた眼で見つめる。
 人々の恐怖がこんなにも美しいなんて!
 こんなにも気持ちがいいなんて!
 ルナは口元をほころばし、その快楽に溺れていく。

 その光景を直也はじっと見つめていた。
 ただ見つめていたのではなく、どのようにしたらいいのかを考えながら。
 サイボーグのシステムをコントロールできるのならば、どれだけいいのか。
 直也はただひたすら考え続ける。

 しかし、答えなどあるはずがない。
 こんな怪物を誰が止められるというのか。
 直也は半分絶望しつつも、もはや手段がないと考えると、ルナの前に立つ。
 ルナは親子連れを皆殺しにしようとしていた。

「ルナ、いや、マスクドオルカ。悪に染まってこの家族を殺すなら、俺を殺してみろ!」

 その言葉に、ルナはゆっくりと動きを止める。

 衝動と情動の中にとらわれ、身動きを失った情動。
 それがいま、ヒヨコがつついたような穴からすがたを見せる。

「衝動と理性で苦しんで壊れるなんて、賢い君らしくないだろ。落ち着けよ」

 いうと、直也は笑う。
 その笑顔にルナはじっと足を止め、顔を落とす。
 そして涙を流すと、その場でくじけた。

「僕は……僕は……」ルナはぽつり、ぽつりと、まるで雫が雨を穿つようにつぶやく。
 そして雫のような涙をこぼす。

「情動と理性なんて、難しい感情だったよね。もう大丈夫だ」

 直也は言うと、にこやかに微笑む。
 そしてルナは立ち上がると、再び剣を握る。

「僕は、負けない。何も悪意のない市民を不幸にする悪魔ども! 僕が許さない!」

 ルナは叫ぶと、イルカ傀儡の場所の近くまでかけていく。
 そしてそのすぐ下で尾ひれを叩きつけると一気に上昇。
 そのままイルカ傀儡の腕を切り落とす。
 真っ赤な血液がルナの顔、そして衣装に吹きかかる。
 一方でイルカ傀儡も負けていない。
 ルナめがけて至近距離で矢を作ると発射。
 ルナの肩に突き刺さる。
 そのままルナの身体にしびれが走る。

「毒を含ませておいたわ。あと3回魔法をつかったら、あなたはどうなるかしらね」

 ――畜生

 ルナは舌を撃つ。
 それでも戦わなければ。
 ルナは急いでイルカ傀儡の足にくさびを打つように剣を突き刺す。
 それを支柱に這い上がると、剣を引きぬき、急いで尾ひれを蹴る。
 そして思いっきり剣をイルカ傀儡の心臓に突き刺す。

 それでもイルカ傀儡は死ぬことはない。
 魔法というアドバンテージを用い、ルナの腹に氷を拳でねじ込み、腹をぐちゃぐちゃにしてしまう。
 ルナはその痛みに目をしかめるが、こちらも負けてはいない。
 ルナはその高さを用い、イルカ傀儡の顔面を殴る。
 さらにくるりと回り、尾ひれで敵を払い落とす。
 イルカ傀儡はそのままプールサイドにたたきつけられる。
 ルナはそのままくるりと回転して加速をつけ、そのままキックの体制へ。
 イルカ傀儡は水中に叩き落される。
 ルナはそのまま水中へと潜り込むと、浮上しようとするイルカ傀儡の進路をふさぐように遊泳を始める。
 一方でイルカ傀儡はルナめがけて音波魔術を発射。
 いくつかの内臓コンピュータが異常を起こし、ビープ音を鳴らす。
 それでもルナは気にせず泳ぎ続ける。
 イルカ傀儡が少しばかり弱ってきたのを確認し、ルナは剣を取る。
 そして勢いよくイルカ傀儡の首めがけて剣を突き刺す。

 イルカ傀儡の魔力炉を貫通した剣には、ねっとりとした感覚が伝わってくる。
 息を整えると、一度剣を引きぬき、剣先に魔力を貯める。
 そして。

「빙회참!氷回斬!」

 ルナは叫ぶと、剣をイルカ傀儡の首に注入。
 そして魔力プログラムにのっとり、その中に冷凍ビームを発射。
 イルカ傀儡はその感覚に目を開き、ゆっくりと口を開く。
 しばらくののち、イルカ傀儡はその場で緑の魔力の光を放ち、そのまま周囲のものを破壊しながら爆発した。

「ルナ!」

 声がする。
 ルナがゆっくりと目を開くと、そこには直也が立っていた。

「ここは……」

 ルナはきょろきょろと周囲を見渡す。

「ルナちゃん……大変だったね……」心配そうに百合子がのぞく。

「ここは俺の家だよ。ルナの身体も研究させてもらった。いろいろ分かって、何とか直せたよ」

 直也は言うと、にこりと微笑む。
 その体は真っ赤な人工血液と真っ青な魔力液で紫に汚れていた。
 ルナは手を握り、そして自分の身体を見る。
 丁寧に処置してくれたのか、体は以前よりもスムーズに動き、何より、軽く感じた。

「プールの人たちは……!」ルナは飛び起き、叫ぶ。

 直也は「救急車が来て、いろいろ検査していったよ」というと、にこりと微笑んだ。

 しかしながら、ルナの表情は浮かないものだった。

「ルナ」

 その言葉に、ルナははっと気づき、直也のほうを見る。

「これからマスクドオルカ、なんて活躍したら?」

 その言葉に、ルナは一瞬押し黙る。
 まるでヒーローのような名前。
 なんだか恥ずかしいけれど、変身してしまえば「ルナ」という自分はもうどこに行っているのかわからない。
 ならば新しい名前で、新しい自分で戦ったらどうだ、と、直也は勧める。
 一瞬ルナは困惑するも、そっと口で話してみる。
 すると心の中に、新しい自分がイメージされる。
 ルナは再び「マスクドオルカ」という名前を口にすると、そっと微笑んだ。

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