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雨。電車はライトを乱反射させながら遠ざかってゆく。少し肌寒い梅雨の入り口にいる私の心は、7年前に帰っていた。

見覚えのある、某アウトドアブランドのジャケットを着た男が、隣の車両に入っていった。違和感を覚えなかったのは、彼が、それを夏だろうが冬だろうが構わず着ていたからだった。

「大切なのは、大学で何を学ぶのか、そしてそれをどう自分の将来に生かすか、だと思います。まあ、これは言い古された慰めかもしれませんが。」
最後に交わした会話が、こんな形式ばったものでも、彼の中身がなんとなく透けて見える。あの頃の私は、とても未熟で自分ばかりであったこと、よくわかる。しかし、7年経った今でも、私とあなたでは世界の見方が違う気がする。

声をかけようかと思った。あの時より少し大人になって、あなたに興味がないフリの私を見せたいと思った。でも、まだ、まだあなたに逢えない気がした。心から目指したいものに出会っていないから。本当にしたい会話なんて、たった4駅の間にはできないから。

あの人には今、待つ人がいるのだろうか。目指したいものなんて、もしかしたら当人にとってはそんなに崇高なものじゃない、もっと生々しいものなのかもしれないけれど、そんなものを抱えながら、また誰かを愛しているのだろうか。

私を、本当に、本当に知ってくれる人はいるのだろうか。私は、私を心から大切だと思えるのだろうか。女として愛されたいわけではなかった。ただ、彼を、彼が見ている世界を知りたかった。

2両しかない地元の電車に乗って、隣の車両から、そっとあの人の横顔を見ていた。少し大人びた表情になって、変わらない翳りを持っていた。当時は持っていなかったスマートフォンを片手に、少し丸めた背中で立っていた。

やがて、彼の降りる駅に着いた。帰宅する学生や会社員の波にのまれ、改札を出ていく姿を見送った。

次に逢うときは、何か目指すものを持って走っている私でありたいと思った。それは、7年前の冬の終わりにも思っていた。

…違う。きっとそんなものを持てたとしても、私とあなたは同じ座標には立てないし、やがてはすれ違ってゆくと思う。
私は、目指すものがあってもなくても、私で変わらない。それを抱きしめて生きてゆく。

次の駅で降りた。改札を出る頃には、雨も止みかけ、いつもと変わらない夜が訪れた。


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