バイプレイヤーズ 〜泥流地帯の12人〜(1)坂森五郎

・・・母ちゃん、母ちゃん、あんな、おれ今日から三年生になったんだぞ。

 したらな、先生だれだったと思う? 前にさ、四郎兄ちゃんがとうふやで会ったって言ってた石村先生だったんだ。
 おれさ、びっくりして「とうふや!」って言ったんだ。おれ本当はさ、「兄ちゃんがとうふやで先生に会ったって言ってたぞ」って言いたかったんだけどな。先生もびっくりしてたな。



・・・母ちゃん、あんな、母ちゃんと一緒に一郎兄ちゃんと三郎兄ちゃんも死んだべ。しばらくして、おれ一年の時だっけな、知らん小母さんが「三人も死んだんかい。うちは五人だれも死んどらんわ。心がけがいいんだべね」って言ったんだ。他の兄ちゃんたちと、これから心がけよくせんばならんなって言ってたけど、そのあと次郎兄ちゃんも死んだべ。したら四郎兄ちゃん、おれたちの心がけが悪いせいだって。父ちゃん元から笑わんのに、兄ちゃんまで笑わんくなったもな。



・・・母ちゃん、あんな、おれゆんべ、まんまたいたんだ。
 だんだん上手くなってきたんだぞ。ゆんべのは少しこげたけど、みそつけて食ったら、うまかったなあ。父ちゃん、ほめてくれんかったけど、「明日もお前がたけ」って言ったんだぞ。



・・・母ちゃん、あんな、石村先生とこも母ちゃんいないで育ったんだって。父ちゃんも死んでるんだって。先生も心がけ悪かったんだべかな。そうは見えんけどな。
 あとな、母ちゃん居なくなったあと、姉ちゃんがあまりしゃべったり笑ったりせんくなって、それもさびしかったんだと。おれとおんなじだもな。



・・・母ちゃん、あんな、おれ今日、耕作先生んちにあそびに行ったさ。したら先生、家の畠で仕事してたんだ。天気の日はいそがしいんだと。おれは手伝えんかったけど、先生のじいちゃんとか兄ちゃんたちといっしょに昼めし食べたんだ。いっぱい笑ったなあ。楽しかったなあ。



・・・母ちゃん、あんな、おれまた耕作先生んちにあそびにいくんだ。でも兄ちゃんに言うの忘れてたな、おこられるかもな。ほんとは昨日、日よう日に行きたかったけど天気だったもな。今日は雨ふりだからな、先生畠に出ないから遊べるかな、へへ、楽しみだな。ほら、先生の家が見えてきっ、うわびっくりしたな。すごい音だったな。



・・・母ちゃん、あんな、


 母ちゃん? あれ? 母ちゃんだな。あははは、母ちゃんそんな顔してたのか、四郎兄ちゃんとそっくりだ。え? おれもそっくりなのか? へへへ。そうか、知らんかった。うれしいなあ。うれしいなあ。



1926年5月24日  坂森五郎(10)




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