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旅行記「八十年戦争の舞台を歩く」 ~共和国の「庭」

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Walking the stage of the Eighty Years' War 八十年戦争期の舞台になったオランダ・ドイツ・ベルギーの街を旅した旅行記
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#要塞

旅行記「八十年戦争の舞台を歩く」 ~共和国の「庭」

旅行記その2の目次。 共和国の「庭」とは R.Fruinが名づけた「十年 Tien Jaren」は、八十年戦争下の1588-1598の十年間、オランダ側が完全攻勢な一連の攻囲戦争の時期を指します。東部・北部・南部の諸都市をスペインから奪還し、共和国の傘下におさめました。これをオランダでは、共和国の「庭」を囲む de tuinen van de Republiek te sluiten と表現します。「庭」内の街の訪問記。 この表現は当時からあったようで、ナッサウ伯マウリ

レイデン Leiden オランダ/南ホラント ~1575年、一年の籠城に耐えた街にはオランダ最古の大学が建設される

※ 訪問記はかなり前、2009年4月時点の情報です。八十年戦争に関わる場所を訪れています。一般的な旅行記ではありませんのでご注意ください。 日本では「ライデン」と表記されることが多いようです。 八十年戦争の中でも前半のハイライト、1573年10月-1574年10月3日の攻囲戦争で有名。レイデンの街は約1年に渡りスペイン軍の攻撃に晒され籠城していました。飢餓の中、市民は耐えて、最終的には洪水によってスペイン軍を撃退しました。これは偶然の自然現象だったとはいえ、前年のアルクマ

スヘルトヘンボス ‘s-Hertogenbosch オランダ/北ブラバント ~運河沿いの17世紀の建物に当時の面影を見る

※ 訪問記は2014年6月時点の情報です。八十年戦争に関わる場所を訪れています。一般的な旅行記ではありませんのでご注意ください。 略して「Den Bosch(デン・ボス)」と呼ばれることのほうが多いようです。 オランダの街はどこも平地ですが、この近辺はとくに池などの水域が多いです。上記の旧市街地の部分はそうでもありませんが、周囲には広大な池や公園などがたくさん存在しています。(電車の車窓から見ている分にはあまり水回りの存在は意識しませんでしたが。) Pieter Sna