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書店員日記 「本を探すにはどうすればいいですか?」

先日のnoteで「お客さんのお問い合わせは疑ってかかろう」というお話をしました。
それについて、もう少し詳しく書いてみたいと思います。
書店員の方には釈迦に説法でしょうし、長くなりますがお付き合いください。
 
一日に100点単位で新刊が出ると言われている出版業界。
どんなにちいさな書店でもお客さんが目当ての本を探すのはなかなか難しいものでしょう。
それはわかります。
当然、スタッフに「〇〇って本ある?」と問い合わせがくるわけですが、その際、お客さんが正確にタイトルや著者、出版社を伝えてくれるとは限りません。
「限らない」どころか、何なら正確にタイトルを言ってもらえることの方がむしろ少ないかもしれません。
 
書店員は数少ないヒントを頼りにお客さんが探している書籍にたどり着かなければいけません。
場合によってはヒントが間違っていることすらあります。
何ならヒントがまるで無い場合もあります。
幼児が「まるいものってなんでしょう?」みたいなクイズを出してくることがありますが、それに近いかもしれません。
ちっちゃい子なら微笑ましいのですが、いい大人が無邪気に出してくるノーヒントクイズには正直苛立ちます。
客商売でイラついたらダメでしょと言われたとて、書店員だって人間ですから。
 
お客さんが100人いたら100種類のお問い合わせがあるわけで、こうやって検索したら絶対に見つかるよ、なんて方法はありません。おそらくお客さんは私たち書店員の知識も経験もはるかに凌駕したナナメ下の問い合わせを繰り出してくることでしょう。
それでも、検索をするにあたって覚えておいた方がいいことはあります。
 
それは「お客さんの言うことは信じない」「疑ってかかる」ということです。
何なら店主は「お客さんの言っていることの8割は嘘。絶対、ウソ」という気持ちでいます。
こう書くと、客に対してなんて失礼なこと言ってんだコラと思う方もいるかもしれません。
しかしそんな人には秋山深一氏のこの言葉を贈ります。
 
「疑うことは決して『悪』じゃない。本当の『悪』は他人に無関心になる事なんだ」
(「ライアーゲーム」より)
 
「疑う」ということは、すなわち「真実を見極めようとする」ことと同義です。
お客さんの言っていることの何が正しくて、何が違っているか、それを知ろうとすることが大切なのです。
無条件にお客さんの言うことを信じて「おかしいなあ。そんなタイトルの本はないなあ」とか言っている書店員はアホの子だし、むしろ不誠実です。
「お客さんの言っていることの8割は嘘」と前述しましたが、真実の「2割」がどの部分かを見極め、それをヒントに正解を導き出すのがプロの書店員です。間違っている「8割」にこだわっていては、いつまでたっても正解にはたどり着きません。
では、その「2割」を見極めるにはどうすればいいのか?
実例を挙げて解説してみましょう。
 
たとえば、こんな問い合わせ。
 
佐藤愛子さんの本で、新潮文庫の「孫とのケッタイな手紙」っていう本ある?
 
そのままタイトルで検索をしてみましたが、該当する本はありません。
では、この場合どの部分が「嘘」で、どの部分が「真実」なのでしょうか。
 
まずはお客さんのお問い合わせを単語に分解します。
(1)新潮社(2)文庫(3)佐藤愛子(4)孫(5)ケッタイ(6)手紙の6つの単語、それから「てにをは」です。
 
まず、(1)新潮社は完全に気にしないことにします。
これが「静山社」だとか「スターツ出版」だとか言われたら、それはたぶん間違っていません。
そういう一般的にメジャーではない(失礼!)なレーベルがお客さんの脳内から出てくるとは思えないからです。
一方、「新潮社」「文藝春秋」「集英社」のようなメジャーなレーベルはお客さんがテキトーに言っている可能性が十分にあり得ますので、一旦無視することにします。
 
(2)文庫であるという部分は完全に無視します。
文庫かどうかは「文庫であってほしい」というお客さんの願望や、「文庫なはず」という根拠のない思い込みに基づいている場合がよくありますし、そもそも「文庫」か「単行本」かどうかは検索するにあたって、あまり関係ありません。
 
著者の(3)佐藤愛子はとりあえず信じてみます。
著者名はお客さんもわりと間違えません
たとえば「湊かなえ」を「南かなえ」と言ってしまうことはありますが、「佐藤愛子」という実在の著者名をちゃんと言っている以上、これは「正しい」と思ってもいいかもしれません。
ただし、「佐藤愛子だって言うから調べてみたら曾野綾子だった」ということもあるので全面的に信じるのは危険ではあるのですが。
 
最後にタイトルです。
助詞は完全に無視します。お客さんが言う「てにをは」は基本的に違うと思って構いません。これを正しいと思って検索する書店員がいたら、そっちのほうが間違っています。(暴論)
助詞を除くと、タイトルは(4)孫(5)ケッタイ(6)手紙の3つの単語に分解できました。
この3つの単語の中で最も信憑性が高いものは(5)ケッタイでしょう。
(4)孫(6)手紙という単語はかなり一般的で、いくらでもお客さんの脳内から湧いて出てきそうです。
たとえば「子どもとのケッタイな往復書簡」というタイトルの本があったとして、それが「孫とのケッタイな手紙」に脳内変換される可能性は十分にあるでしょう。
一方で、「ケッタイな」という単語はなかなか思いつかないと思います。
これは正しい書名に含まれている単語であった蓋然性が高いと考えてよいでしょう。
 
以上の推理から、真実である蓋然性が高い単語は「佐藤愛子」「ケッタイ」。
「新潮社」「文庫」「孫」「手紙」「てにをは」は一旦、除外して考えます。
 
そこで、「佐藤愛子」「ケッタイ」で検索してみます。
見事に該当する書籍がヒットしました。
 

 
お客さんのお問い合わせは、
「孫とのケッタイな手紙」(佐藤愛子/新潮社/文庫)
でしたから、太字の部分が間違っていたわけです。
 
このようにして「どの部分が正確である蓋然性が高いか」を見極めていきます。
今回は最初の検索で書籍を一意に特定することができましたが、もう少し絞り込みが必要な場合には、次に蓋然性が高そうなキーワードを加えて検索を続けます。
この検索のポイントは「その単語がお客さんの脳内から湧いて出る可能性があるか」ということです。
たとえば高齢の女性が「グレッグ・マキューンの『エフォートレス思考』っていう本ありますか?」と訊いてきたらこれはもう何も疑う余地はなく、そのまま検索すればいいと思います。
おばあちゃんの脳内から「グレッグ・マキューン」だとか「エフォートレス」だとかが、勝手に生まれてくるとは思えません。
とすれば著者とタイトルに対する信憑性は非常に高いでしょう。
これがお問い合わせにおいて最も大事なテクニックであると店主は考えています。
多くの書店員は経験から自然にこのテクニックを身につけていますし、特に意識せずに行っていると思いますが、若葉マークの書店員の方々にはもしかしたら役に立つかもしれないね……と思い書いてみました。
でも、あまりにこの「疑ってかかる」テクニックに溺れると、先日のnoteのような失敗をすることもありますのでご注意を。

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