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トキワの森の伝説。

ここは駆け出しポケモントレーナーが集う森。
経験を積んだトレーナーたちはむしよけスプレーを駆使し、静かに歩いてゆく。
この森に棲むビードルは悩んでいた。

「いや、僕ら確かにレベル低いですけどね?経験値20くらいしかあげられないのもわかりますけもね?会いたくないからとか言って、スプレーはナシですよ」

かたわらにいたキャタピーにささやく。

「わかるわ。その気持ち。塵も積もれば山となるのよ。私たちを丁寧に相手したトレーナーは心身ともに強くなっていったわ」

周知の事実だとは思うが、一応解説をしておく。
ポケモントレーナーはポケモンを鍛え、理解し、ポケモンリーグチャンピオンになることが目的だ。ポケモンリーグには四天王と呼ばれる凄腕のトレーナーたちがおり、チャンピオンになるのは容易ではない。
ただし、ポケモンリーグで得られる賞金が莫大なため、熟練したポケモントレーナーたちは小遣い稼ぎのような感覚で行くこともある。しかし、ここでは内緒にしておいてもらいたい。

「未来のチャンピオンになるには、俺たちのような路傍の石にも目を向けるべきですよ」

ビードルの嘆きは止まらない。あまりにしつこいため、「嘆きのビードル」と有名映画からツッコミが入りそうな不名誉なあだ名をつけられている。
しかし、ビードルの指摘はキャタピーの胸に響いたようだ。

「私たちも誰かが捕まえてくれて、いつかポケモンリーグに行けたらいいのに…」

ビードル・キャタピーは共に進化の可能性を秘めているものの、ポケモンリーグへ行けるだけの実力はあまりない。
ほとんどの場合、ポケモン図鑑と呼ばれる記録デバイスに登録されるだけで、ポケモンリーグへはたとえ捕まえられたとしてもなかなか連れていってもらえない。

それもまた夢のまた夢か…と心の中で呟いたビードルの目に閃光が走る。

「…不意打ち!」

かたわらのキャタピーの姿はなく、奇妙な球体「モンスターボール」の中に入っている。

「汚ねぇ奴だ!このビードル様が相手になってやるぜ!」

ビードルはポケモントレーナーの急襲に正直、胸が踊った。
スプレーをせずに堂々と踏み込んでくるトレーナーにむしろ感謝したくらいだ。

相手ポケモンはヒトカゲ。
炎を使うため、虫にとっては分が悪い。

だが…

「ヒトカゲ!ひっかく!」

繰り出してきたのはノーマルタイプの技だ。
レベルが低く、技を習得していないか、ポケモンが疲れていて、炎の技を繰り出せないことが原因であろう。
キャタピーはというと、すんでのところでモンスターボールから脱出していた。

「私たちのコンボを見せてあげましょう」
キャタピーは糸を吐き、ヒトカゲをからめとる。
身動きができないヒトカゲに向かって、ビードルの持つ毒針がささる。
ヒトカゲはその場に崩れ落ちる。

「安心しろ、死にはしない」

ビードルの持つ毒の量はせいぜい体が痺れる程度なので、命に問題はない。

「ポケモンバトルは正々堂々が肝だ。これに懲りたら、堂々と正面から挑むんだな」

2対1のポケモンバトルに勝利した二匹の前に、一匹のネズミが現れた。

「ピッ、ピカチュウ先輩!珍しいですね!」

このピカチュウは愛らしい見た目で人気が高く、認知度も高い。このトキワの森の住人だが、起床時間が遅く、トキワの森の外れにあるポケモン大学で単位を落としに落とし、留年が決定している。

「ふわぁ…ん?なんかあった?あーねむ。メシはカップ麺にしよっかな…お、あったあった」

ピカチュウはマナーの悪いトレーナーが捨てたであろうカップ麺の残骸に飛びつく。

「ん?何お前ら。欲しいの?」

「い、いえ!結構ッス!」

ひたすらカップ麺の残骸を舐め回すピカチュウだが、ビードルたちにとっては尊敬すべき存在なのだ。

「おう、キャタピーはどうだ。なかなかいい女だろ」

このように、奥手なビードルにキャタピーを紹介した張本人なのである。
こうなってはビードルがピカチュウに対して頭が上がらないのは明白である。

「は、はい…ちょ、ちょっとニビシティまでデートに誘うつもりなんスよ」

ニビシティはトキワの森の北にある石工で有名な街である。

「やめとけ」

ピカチュウが冷たく静止する。

「ニビシティは人が多い。そんな見た目のお前が入った途端、人間が慌てふためき、ポケモンを繰り出してくる。そんな危ない街に愛する女を連れて行くのか?」

「確かに…自分ちょっと軽薄すぎたかも…」

そう思っているビードルにキャタピーの悲鳴がささる。

「キャアッ!私に何するの!」

モンスターボールを投げるわけでもなく、むしよけスプレーを直接噴射している男がいた。

「キモイんだよ!死ね!死ね!」

刹那、ビードルは飛び上がり、毒針を男の首筋に刺す。
痺れる程度の毒のはずだった。
しかし、男はうずくまって動かない。

「愛する女を守れずして男が務まるかよ」

すぐにキャタピーに駆け寄る。

「平気よ、このくらい」

キャタピーは何事もなかったかのように立ち上がる。

「あーあ、お前ら。やりすぎんなっていつも言ってるだろ」

カップ麺を食べ終わったピカチュウが近づいてきた。

「俺たちは駆け出しのトレーナーを応援するだけの存在でいいんだ。ポケモンリーグなんてもんはお遊びなんだよ。まともにやったら、勝負にすらならねぇ。細々とここで生活していようってのは前からの約束じゃねーか。強さを隠せ。俺たちが負けてあげることで自信がつくんだ」

ピカチュウは悠然と語る。
トキワの森には強者がうごめく。

そんな噂がまことしやかに流れたのは、ピカチュウが大学を卒業した頃だったと思う。

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