県外学生踊り子はよさこい祭りの夢を見るか?ーーSide 「ERI」
焼けつくアスファルト、燦々と照りつける太陽、ズラリと並んだ地方車。
遠くの方では陽炎が起こり、空間をいたずらにゆがめている。
けれど、そんな歪められた空間に安心感を覚える。
私はエリ。エリーゼと呼ばれている。長い長いあだ名をつけられたけど、もう忘れてしまった。もう本名でエリちゃんと呼ばれることが多い。この景色は3度目で、今日私はいよいよ地方車の上に登る。
1年生のときに、新入生歓迎会に参加して、すっごく居心地がよかったのをきっかけに参加したよさこいサークル。演舞を見て、一瞬でひきつけられたのが、踊りではなく、当時マイクを持っていた先輩だった。
高校のときは放送部だったこともあって、マイクを通して話すことは何の躊躇もなかったけれど、お祭りとなると勝手が違った。
あらかじめ用意されていたセリフを読み上げるだけではなく、祭り特有の空気、踊り子のポテンシャル、なんと言っていいかわからないけれど、難しかったことを覚えている。
勇気を持って「MCやりたいですっ!」と1年生のときの秋に相談したら意外にも「いいよー!」と快諾してもらえたのは嬉しかった。
踊りは踊りで楽しいけれど、MCは私がよさこいを始めたきっかけ。やらなきゃ後悔するという思いから挑戦した。
みんなから褒められて、自分が大勢の人に認められた感覚が嬉しく、いつか高知の舞台で……と夢見ていよいよこの日が来た。
自分たちでつくりあげた地方車。
本場のチームに比べると迫力は劣るけど、自分たちの青春をかけた地方車に乗るのは私の夢だった。
そのとき、
「……!只今見参ッ!」
昨年の夏、私の胸を打った声が聞こえた。間違いない。この声は間違えようがない。
私たちのチームは待機中。高知についたばかりでみんな笑顔で楽しそうにしている。
私は今すぐ駆け出したかった。あのチームを見たい。
高知はタイムテーブルが決まっていない。このチャンスを逃せば、もう見られないかもしれない。
私たちのチームは3日目の朝には帰らなければいけない。そのため後夜祭を見たり、全国大会を楽しんだりということができなかった。
チームの集まりもある、でも見たい……!
「みんな集合してくださーい!」
このタイミングで代表の声がかかった。見たい気持ちを抑えるしかなかった。正直悔しいけれど、私にとってはチームが最優先。同じ気持ちの人はたくさんいる。私だけ、というわがままは3年生の今示しがつかない。
「あと少しで演舞なので隊列確認をします!」
そうだ。私たちは高知に踊りにきた。私はMCで踊らないけれど、みんなここで踊ることを楽しみにしている。
すっかりよさこいにハマったなぁ。今年で引退がなんだか寂しい。
「ハッ!ありがとうございました!」
私の声に続いて、踊り子たちが言う。ん?ちょっと待てよ……!
「ここの会場は踊り抜けるよ!」
と、代表が笑いながら言った。みんなして「つられたー!」と言って笑い合っている。そんな光景をあと少ししか見れないと思うと、とたんに泣きそうになった。
最高にエモーショナルなこの風景を永遠のものにしたい。
地方車の上に立ち、みんなを見下ろす。
衣装班が考え抜いた衣装。衣装替えは2回ある。みんな驚いてくれるかなぁ。暑くないかなぁ。倒れないかなぁ。いろんな思いが私の中で渦巻く。
息を吸う。
私の声で動き出す。
「こんにちはー!」
地方車から放たれた私の声は陽炎の向こうへと吸われていく。
ここだけの話、踊り子たちのワクワクした表情の独り占めはもはや特権。
あのチームの人みたいにはできないけれど、せめて元気を届けたい!
踊り子は準備万端。
私たちの高知が、始まる。
高揚した気分が最高潮を迎えるのは、夕暮れ時の汗だくの踊り子が照らされた瞬間だということに、このときは気付いていなかった。
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