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県外学生踊り子はよさこい祭りの夢を見るか?-タンクトップ ヒーロー-

まとわりつく熱気。日は傾き、夜の様相。
ワシはビニールシートをひろげ、キリンビールの缶を開ける。

長年高知に住んじゅうが、この日ばかりは胸が熱くなる。この夕暮れ時の汗にまみれて、くっしゃくしゃの顔で踊る子らがたまらん。

それにしてもでっかくなったのぉ、よさこいも。
県外の若い学生さんがこんなにも多く来てくれてなぁ。高知来たら酒でも振る舞おうと思ってたら、みぃんな断りよるでかなん。

まぁ、えぃが。ワシはよさこい見ながら酒飲んでこのまま高知で死ぬだけよ。

息子は関東まで仕事に行って忙しいから言うてちぃっとも帰ってこん。カミさんはガンでもうおらん。

「独りかぁ…。」としんみりひとりごちる。

祭りには似合わんの。

「セイッ!ハッ!」

威勢のいい掛け声が聞こえる。そうそう、この時間は県外のよさこい連が入ってくるんよな。地元の連ほどではないにしても、一生懸命踊る姿ってのはなかなかどうして心をうつんやろか。

ライトに顔を照らされ、目を潤ませながら、進んでいく踊り子たち。この子らは来年も帰ってくるかいね。

「また来年な!」

思わず叫んでもうた。ヘトヘトのはずの踊り子がこっち見てニッと笑いよった。よう踊りきったなぁ。

「ありがとうございます!」
「また来ます!」

ワシからすりゃあ、この子らが息子や娘みたいなもんや。

「ハァッハァッ…!」

ん?ありゃいかん。過呼吸か……?ワシはケータイももってない。どうしよか。

学生さんらの顔が曇っていく。ワシが行ってもどうしようもない……。

そのとき、

「ほら、ケータイ。親父は119に電話、俺が診てくる。それまでシオリを頼む」

「じぃじ!」

なんや、帰ってこんはずやなかったか?
忙しい忙しい言いゆうからてっきり……。まったく生意気に育ちよったわ!

まぁ、そんなタンクトップに半ズボンと、人を診るカッコと違うな。

「親父!早く救急車を!あぁ、学生さんたち、もう安心やき!おれは医者や」

倒れた少女の口元に紙袋をつけ、人払いをする。小さい頃、よさこい祭りで倒れてしまったお前が「今度は人を救いたい」とか言うたときはたまげたなぁ。

夜の万々、人いきれ。

街の片隅でタンクトップのヒーローは静かに暗躍した。

8月10日。高知のお盆は世の中より少しだけ早い。





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