第8話

 ジールはマリチュの話した内容を聞いた瞬間、背筋が凍るのを感じた。とはいえ完全に理解が及んだわけではない。
 王族特務の研究内容は基本的に詳細が明かされていない。普段どのような目的でどのような研究をしているのか?ジールはもちろん王自身も関与していないという噂だった。

「マリチュ殿……不甲斐ないことではあるのだが……つまりそれはどういう……」
「よろしいのですよ、ジール閣下。我らが研究の成果、たった一節お伝えしただけで理解されてしまったら逆に立つ瀬がございませんわ」

 そう言ったマリチュは妖しい笑みを浮かべたまま、指を鳴らす。するとどうやら部下らしい数名の顔をすっぽりとローブで隠したマリチュの部下らしい者たちが、1人の子どもを連れて入ってきた。

 王は興味深げに眺めたまま言葉を発しない。ジールがこの場にいるすべての者の心中を代弁するように尋ねた。

「謁見の間にぞろぞろと……して、その子どもは一体何なのだ」
「娘にございます」
「は?」
「この子はサーク。私の娘にございます」

 たしかに意外ではあったが、周囲の者からも息が漏れるのを感じる。ジールも一瞬息をつきかけたが、あの話からの流れで自分の娘を連れてきた彼女の真意を計りかねていた。

「さすがは王とジール閣下。私が怪しげな話で気を引いて娘をご紹介した……とは思っておられないようですわね」
「お前のすること話すことはワシには計れぬ。続けよ。よいな、ジール」
「……は、仰せのままに」

 そう王に従ったものの、彼は先ほどよりも胸がざわめいているのを感じていた。彼女が話した内容と彼女の娘。通常では考えられないが、あの女は……

「さて、先ほど私が申し上げたこと。覚えていらっしゃるでしょうか?」
 大袈裟に手を振ると、彼女の部下が娘のローブを脱がす。同時に走る胸の痛み。ジールの内側に何かが蠢き始める。

「あらさすがは視魂官閣下。ジェネライトが共鳴しているのですね!」
ほんの少し熱を帯びた口調でジールに目を向ける。痛みは増していく。そして、娘の姿が顕になった。

「改めてご紹介致しますわ。私の娘にして、人類史上初めての、人工の英雄……」
”人工の英雄”
 マリチュが話した内容はこうだ。
 ジェネライトは神話の中で”神が人に与えた魂の根源”であるとされている。しかし、英雄とそれ以外の者が違うように、すべての者がジェネライトの恩恵にあずかれるというわけではない。
 ジェネライトは正義の心に共鳴して覚醒し、魔獣に打ち勝つ力を与える。では、覚醒できなかった者には正義の心はないと言うのだろうか?

『それは暴論だわ』

 マリチュは覚醒者の末裔である王の前で無礼にも吐き捨てるように言い放つ。周囲の者は彼女の雰囲気に呑まれているのか、それに気づかず聞き入っている。
 王は楽しげに目線で先を促しているようだ。

 ジェネライトを覚醒させるためには他に何かの要素があるはず。そうした仮説を立て、研究し続けた結果……
 彼女は自身の娘に答えを見つけたーーーーー

「サーク、国王陛下にご挨拶なさい」
 冷たい印象しかなかったマリチュが、初めて慈しみを帯びた口調で娘に話しかける。サークは母の顔を見返し、緊張気味に小さく頷いた。
一見微笑ましい光景ではあるが、次の瞬間、ジールは正気を失いかけることとなる。

 視魂官は言わば”神から与えられた力により、覚醒に至る者を見分ける力を有する者”である。
 その能力を持つ者は神の使いであり、人に隠れた神の意思を見つける。しかし、その力を持ってしても覚醒そのものに干渉することはできないのだ。
 ジェネライトを覚醒させるのは神官であり、そちらは神殿の所属である。神事によって”候補者”を”覚醒させる力は神官にしか与えられておらず、候補者を見分ける力は視魂官にしか与えられていない。

 今この瞬間までは、それが常識であった。

 ジールの目の前に広がっている光景は、神の御言葉とはかけ離れている。視魂官でも神官でもない、売女のような出立ちの、素性も知られぬ1人の女。
 彼女が示したのは、神話の否定という絶望。そして、英雄のいない時代の魔獣への対抗策という希望だった。

「さあ皆様、お選びくださいませ……」
 そう言った彼女の口元は妖しく歪んでいた。

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