第4話

 街で一番大きな鐘が3回鳴った。近隣で魔獣が出たという警報だ。その音はここ王宮へも届くし、外壁や街に囲まれているのでやはりまず報せるべきは民であるので、鐘が王宮にないのは当然のことである。
 それに、あれだけ大きな音がすれば耳を悪くしてしまう。

「今月に入って何件目だ」
 しっかりと手入れされた白髪を後退した生え際から綺麗に後ろへ撫で付けた初老の男が厳しい口調で制服の男に問いかける。
 まだ若い文官は語気に気圧されることもなく、冷静に持ち上げた右手を大きく開いた。
 ふん、と鼻を鳴らし、フラスコの中に浮いた1枚の葉へ目線を向けると、それに応えるように張り付いていた気泡が複雑な軌道を描き、水面にぶつかって消えた。
「大神樹はまだ呼びかけに応えんのか」
 若い文官は表情を変えずに小さく頷く。無性にイラつくが、今に始まったことではない。それに大神樹が応えなくとも、計画は進んでいる。
「視魂官を呼べ」
 若い文官が頷く様に既視感を覚え、目眩がした。


 王都配属の志願兵用訓練場は、王都の外壁の内側に作られている。
 志願兵だけで1000人ほど集められたので、全員が王都にいるのではなく各駐屯地や主要都市に分散された。

 王都をぐるりと囲う外壁の外側にはここだけで数千はいる正規兵の大半が配備されており、周辺の警邏や街へ攻め入る敵への一次対応は所謂”外組”が受け持っている。
 彼ら”外組”は”内組”にライバル意識を持っているらしいというのはよく聞く話だった。
 志願兵でも王都組は嫉妬の対象だと皆がよく言っているのを聞くが、ドラゴマンもリリアもそういったことには疎いので気にしたことはなかった。

「……!?」
 突然だった。大きな鐘の音が3回、鳴った。ドラゴマンは反射的に耳を塞ぎ、リリアは立ち上がって周囲に目を走らせた。訓練場にいた志願兵達はドラゴマンと同じように耳を塞いだり腰を抜かしたりしているが、周辺ではその程度だ。壁の外側が騒がしい。

「落ち着け。これは警報だ」
 自分の言葉の矛盾に気づかずオルゴリオが仁王立ちのまま言う。
「警報……警報って!?」
 小隊長が落ち着かせようと与えた情報で、隊員達の大半はさらに混乱したようだった。
 補佐として傍に控えるレェヴは黙ってその混乱を眺めている。
(動じてないのは三割程度……まあ、上々か)

 他の隊員達が落ち着くまでの間、気を取り直したドラゴマン達は出動できるよう体勢を整えていた。外組が騒がしいのは恐らく”敵”が攻めてきているということだろう。
 国同士の小競り合いは無くはないが、最大の脅威である魔獣が定期的に大量発生している昨今では人間同士で争っている余裕などどの国にもない。

「ということは……」
「だね」
「えー私魔獣初めてだぁ」
 気の抜けるようなレジャの声を無視して小隊長が一歩前に進み出た。

「ちょうどいい。小隊単位でしか分けてなかったが、今から分隊に分ける。4名づつだ。お前らはそれでいいな」
 オルゴリオは指示の最後にこちらをちらっと見た。そしてチーム屋台街はめでたく分隊となった。

「基本的には魔獣の対応は正規兵がする。我々志願兵部隊は補助・支援に回る。訓練でやっている通りだ。落ち着いてこなせ」
「「「はいっ!」」」


 警報が発せられた北門を越える頃には正規兵達は落ち着きを取り戻し戦闘の準備に入っていた。
 北の森近辺に複数の魔物の姿を巡回中の外組が発見し、戦闘の規模が規定を超える見込みだったため、警報を発したということだ。
「数は10。北門の配備戦力で対応は可能ですが、こちらの被害も想定し警報を発令致しました。
「うむ、問題ない。迅速な対応だ」
 オルゴリオは報告に来た兵を配置に帰すとドラゴマン達へ向き直る。
(さすが魔獣を打倒するために集った志願兵と言ったところだな。皆殺気立っている)

 その時正規兵達の中からどよめきが上がった。殺気と緊張、戸惑いが混じった空気が志願兵の足を浮き立たせる。
「あの声……」
 リリアは目の色が変わっている。全身から怒りが揺めき出ている。その怒りはドラゴマンも同様だった。
「リリア、俺達の村を襲った奴じゃ……」
「わかってる」
 魔獣がいるらしい方向に目を向けたままそう言ったきり、リリアは黙ってしまった。

「来るぞ」
 オルゴリオが静かに告げる。俄かに騒然となった正規兵達の背中を眺め、ドラゴマン達を含む小隊は指示された通り動き始めた。

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