第1話 二人の志願兵

「次、リリア・サフェード、前へ」
 黒髪をたなびかせて、隣からリリアが一歩前へ出る。その顔に緊張の色は見られない。強い決意に満ちた、堂々たる佇まいだ。

「次、ドラゴマン・スヴァット、前へ」
「ッ……」
 リリアに見入っていたせいで、踏み出るタイミングを一瞬逃してしまったため、喉に変な力が入ってしまった。合格者の点呼を取る小隊長が怪訝な目をドラゴマンに向ける。

「まあた何か考え事?」
 悪戯っぽい笑顔を少しだけ寄せ、リリアがドラゴマンを小声でからかう。もちろん本当のことなど言えるわけもなく、無言で返答するしかなかった。
 ドラゴマン達が配属となったのは、神聖コントラクト王国史上初となる志願兵部隊である対魔獣連隊の小隊である。
「これでみんなの仇が討てるね……」
 リリアはドラゴマンの返答がないことを気に留めず、独り言のように呟く。それに対してドラゴマンは小さく、しかし力強く頷いた。

「……であるからして、決して個人で魔獣に相対すること無きようくれぐれも注意するように」
 小隊長が話し終わり号令をかけると、左端の立派な鎧を身につけた男がキビキビとした動きで宿舎の方へ歩き出した。ほとんどが平民から志願した30人の小隊員達がわらわらとそれに続く。
 リリアは向き直ると、最初の男と同じくキビキビと歩き出し、ドラゴマンは他の者と同じくぎこちなくリリアの背に続いた。

「やはり平民か。これは苦労するな」
「しかし国王の私兵という扱いですからな。正規兵から人員を割くわけにもいきませぬ」
 正規軍から異動となった小隊長のぼやきに、貴族院から派遣された補佐役の細目の男が何やら楽しそうに答える。
 兵士の家系に生まれ、10年ほど前線で指揮を執ってきたオルゴリオ小隊長は、狐のようなこの男のことを測りかねていた。

 魔獣の大発生は数年おきに起こっているが、現在もその爪痕が深く残る”災害”級は記録史上その一度しかない。
 しかし今回、その前兆を捉えた貴族院と王国研究室の連名によって魔獣災害対策計画が急遽持ち上がったのだ。
(貴族院が何か企んでやがるのか?いや、本命は研究室か……?)
 オルゴリオ小隊長はこの狐顔のレェヴという補佐役を信用しないよう心に決め、レェヴの返答に鼻を鳴らして歩き去った。

 後に残ったレェヴもまた、細い目をさらに細めて歩き去るオルゴリオの背を見つめていた。


 宿舎に戻ったドラゴマンは、支給された武具をしげしげと眺めていた。
 鋼鉄製の大型刃物は平民には所持することは許されておらず、孤児院で農具や仕事道具として今まで扱っていたものは黒くて思い鉄製のみだったので、銀色に輝く刀身は憧れだったのだ。

「そんなに剣を見つめちゃって」
 急にかけられた声に驚きつつ振り返ると、入口にリリアが立っていた。
「ノックくらいしろよ」
「したよー?口でもコンコンって言ったし、夢中すぎて聞こえなかったんでしょ?」
 口を窄めておどけたようにリリアが言う。彼女はいつも不満があるとこういう顔をする。ひとつ年上のはずなのにそうした仕草が幼く感じさせるので、ドラゴマンはいつもリリアを妹扱いしていた。

「いくら見つめてても、それだけじゃ私より強くなれないよ〜」
 リリアがクスクスとバカにしたように笑う。ドラゴマンがむすっとしながら睨むとリリアはニヤニヤした顔を崩さずに部屋に入ってきて寝台に腰掛けた。
「そんなに不機嫌な顔するならお姉さんから1本でもとってごらんなさい」

 ドラゴマンとリリアは王都から北へ馬で半日ほどの場所にある小さな村にある孤児院で育った。
 その村は魔獣の生息地に近く、規模にしては珍しく軍の駐屯所もあった。
 魔獣の恐ろしさを肌で感じ、そして民を守る軍に憧れを抱くこととなる。

(……次はちゃんと……守れるように)



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